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【連載第11回】「締め切り」が、残業のない健康な職場をつくる

今回は、「締め切り」のお話です。あなたの職場では、仕事に締め切りを作っているでしょうか。納期、という意味ではなく、ひとつひとつの作業を何時に終わらせるか、という意味の締め切りのことです。どこかで「締め切りは大事だ」と聞いたことがあるからやってみたが続かなかった。あるいは、毎朝なんとなく考えてはいるけれど、予定通りにいかず、締め切りが形骸化してしまっている…。そんな状況かもしれませんね。どうすれば締め切りを守れるのか、締め切りを設定することでどんな効果があるのか。事例を通じて考えていきましょう。

この連載では、公認心理師として多くの企業でメンタルヘルス対策のサポートをしている株式会社ハピネスワーキングの船見先生に、メンタルヘルス向上の具体策をご紹介していただきます。

18時に電気を消し、午後は電話に出ず集中する

今から20年ほど前のことです。雑誌記者だった私は、ある企業の取材をしました。その会社では、社長が主導し、毎日をノー残業デーにするという取り組みをしていたのです。この発想自体が、当時としては画期的なこと。しかも、残業ゼロにして業績は右肩上がり。その秘密を探るべく取材を申し込みました。

具体的な取り組みはふたつ。ひとつめは、毎日18時になったらオフィスの電気を消し、社員を帰らせるということ。もうひとつは、午後の2時間を集中タイムと決め、私語厳禁、電話に出ないことを原則とし、自分の仕事に集中できるようにするということ。
それが功を奏し、残業ゼロにも関わらず、3期連続増収増益という結果を出すことができたというのです。

しかし、社員はどうだったのか、とても気になりました。いきなり「残業するな、この時間は電話に出るな」と言われ、相当戸惑ったのではないかと。そこで、複数の社員の本音を聞くべくインタビューを行いました。すると、こんな答えが返ってきました。

「もちろん最初は戸惑ったし、怒りもありました。無茶苦茶言うなよって(笑)。でも、18時に帰らなくてはいけないということは、毎日18時が締め切り時間ということですよね。そうなると、どうやって仕事をこなすか、どうすれば終わるのかを自然と考えるようになったんです。それまでは残業ありきで仕事していたので、優先順位や効率を考えずにだらだらやっていました。ところが締め切りを意識するようになると、何がなんでも終わらせなければいけないので、仕事の進め方が変わるんですね。早く帰れるようになったので、ゆっくり家族と過ごしたり、習い事をしたり、資格の勉強をしたりと、社員はそれぞれに楽しんでいます」

締め切りは、脳の使い方を変える⁉

締め切りがあると仕事の仕方が変わるという感覚は、雑誌の編集をしていた私にはよくわかります。雑誌は、締め切りを守らなかったらページに穴が開きます。絶対に締め切りは守らなければいけないのです。プレッシャーです。しかしながら、締め切りがあるからこそ、記事が作れるし原稿を書くことができるとも言えます。締め切りがなければ、一生原稿など書けないでしょう。

私の知り合いの著述家は、1冊の本の原稿をたったの4日間で書くそうです。驚異的な早さです。4日間で書くという締め切りを自ら作り、一心不乱に集中して取り組むからできることだと言います。
締め切りの効力は非常に大きいのです。脳の使い方を変えると言っても過言ではないと、私は実感しています。だからこそ、その会社の取り組みにとても共感できたのです。

健康経営、働き方改革のために残業削減の取り組みを各社がしています。しかし実態はどうでしょうか。私がカウンセリングなどで聴く限りでは、ただ残業制限をしているだけで、社員の効率が上がるような取り組みをしているところはまだまだ少ないと感じます。結果的に、以前と比べて働く人たちの疲弊度が高まっています。「今までと同じことを短い時間でやれ」と言われたら、疲れるだけです。

私が取材した会社の集中タイムは、社員だけでなくお客さまにも「この時間は電話応対ができません」と伝えて理解を求め、協力をしてもらっていました。自社だけでなくお客さまをも巻き込んで、皆で効率化を図っていくぐらいの考え方をしなければ、何も変わらないのではないでしょうか。

心理療法「解決志向」の中には、「うまくいっていないなら、違うことをせよ」という哲学があります。現状を変えたいのであれば、何でもいいから違うことをしなければ変化は訪れません。
長年にわたって染みついた慣習を変えるのは、簡単なことではありません。しかし、不可能なことでもありません。思い切った改革に踏み出すのが不安な場合は、試験的に導入することから始めるのも良いのかもしれませんね。
 




【プロフィール】


船見敏子(ふなみ・としこ)

株式会社ハピネスワーキング代表取締役。
公認心理師、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。
雑誌編集者を経て現職。産業分野を中心に、組織コンサルテーション、カウンセリング、研修などを実施し、職場のメンタルヘルス向上のサポートをしている。これまでに約1000社、10万人のメンタルケアに携わってきた。著書に『言い返せない人の聴き方・伝え方』(日本能率協会マネジメントセンター)、『幸せなチームのリーダーがしていること』(方丈社)など。