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体をつくる基本、「食」にもっと目を向けて。 社員の健康のために、企業が何をできるのかを考えましょう



「食」は休養・睡眠、運動と並ぶ、健康3原則の一つ。各社員のポテンシャルを十分に発揮し持続的に活躍してもらうには、バランスのとれた質の高い食事は欠かせません。だからこそ、健康経営優良法人の認定条件にも「食生活改善に向けた取り組み」といった評価項目が用意されているわけですし、充実した社員食堂を用意している企業も多々あります。

とはいえ、「さすがに社食までは難しい」という経営者もいらっしゃるかもしれません。「必ずしも社食を作るべきということではなく、その企業の課題やサイズにあわせた対策があります」と管理栄養士のこばたてるみ先生は言います。具体的にどのようなことを行えばいいのか、食と健康経営の基本から対応策までを伺いました。




アスリートもビジネスパーソンも同じ、「食」の重要性

―こばた先生は、トップアスリートの栄養サポートはもちろん、企業の栄養指導なども多く手掛けられているそうですね。

こばた:はい。健康経営の意識が高まり、企業からのご依頼が増えました。

ご存知のように、健康経営優良法人の認定要件には、「食生活の改善に向けた取り組み」という項目があります。糖尿病、高血圧症、脳卒中といった生活習慣病は、仕事のパフォーマンスの低下や病欠にもつながる大きなリスクになり得ます。その予防策として、まずは質の高い食生活を続けることが大事です。

食事と仕事のパフォーマンスが相関するのは、アスリートもビジネスパーソンもまったく同じですしね。

―「食事と仕事のパフォーマンス」が関連するのはなぜですか?

こばた:私たちの体は、筋肉も血液も髪の毛も、すべて食べ物から摂取した栄養素から成り立っているからです。エネルギーもスタミナも集中力も同様です。つまり必要な栄養素を必要なタイミングで摂っていなければ、いくら「がんばろう」という気持ちがあっても、体も脳も動きません。

スポーツ栄養学では「いつ・何を・どう食べるのか」が重視されます。仮に13時から大切な商談があったとします。そのタイミングで最も集中力を発揮したいと考えた場合、11時30分くらいにランチの時間がとれるならば、そのタイミングでうどんやパスタセットなどを食べるのがよいでしょう。

パスタは糖質でエネルギー源になります。ただし消化吸収に多少時間がかかるので、1時間以上前には食べておきたい。もっとも、カルボナーラのような脂質が多いソースではなく、ボンゴレのような脂質の少ないメニューを選ぶのがポイントです。



―今、糖質の話が出ましたが、仕事のパフォーマンスをあげるうえで、どんな栄養素がどう関連するのでしょうか?

こばた:5大栄養素といわれる「糖質」「脂質」「タンパク質」「ビタミン」「ミネラル」が基本です。

これを私は3つのグループ、「エネルギーのもとになる栄養素」と「身体をつくる栄養素」、そして「身体の調子を整える栄養素」に分けて捉えています。

この3グループ、車をイメージするとわかりやすいんですよ。たとえば、「エネルギーのもとになる栄養素」はガソリンに当たります。車にとってのガソリンのように、人を動かすための栄養素は、糖質や脂質なんです。ごはんやパン、パスタやうどんといった主食に多く含まれています。

―ごはんやパンを食べておかないと、動くべきときに燃やすエネルギーが足りないわけですね。

こばた:そうです。ただ車もボディやエンジンがしっかりできていなければ、いくらガソリンが満タンでも走れません。ボディは人間でいうと骨や筋肉に当たり、それらは「身体をつくる栄養素」、たとえばタンパク質やミネラルによってつくられます。タンパク質はお肉や魚、大豆や卵などに多く含まれていますね。

―「身体の調子を整える栄養素」は?

こばた:車でいうと潤滑油となるエンジンオイルです。少量でもちゃんと入っていなければ、エンジンがうまく稼働しません。栄養素でいうとビタミンやミネラル。野菜や果物、海藻、きのこなどに含まれています。

―ガソリン×ボディ×エンジンオイル、3つのどれかが欠けると、車はちゃんと走れない。同様に私たちもパフォーマンスを維持できないわけですね。

こばた:「バランスよく食べよう」「偏食は避けましょう」とよく言われるのは、そのためなんですよ。




従業員の食生活の改善を促すために、企業が実践すべきこと

―では具体的に、従業員に向けて「食生活の改善に向けた取り組み」を実践するには、何からするのがいいでしょう?

こばた:まずは「情報提供」。正しい食と健康の情報を社員の方々に伝えていただくといいでしょう。

先程の3グループにわけた栄養素とパフォーマンスがどうつながっているのか。そうした話をイントラネットや社内メール、掲示板でもいいのでまずは伝えていくとよいですね。

もっとも、ただ情報を流しても自分ごととしてインプットしてもらわないと、人は行動に移せません。そこで「個々人の課題は何か」を各個人も、情報発信する側も再認識してもらうことが大事です。

―それはどうすればいいのでしょうか?

こばた:たとえば、社員の方々が、3食どんな食事をとっているか、写真を撮って提供していただくとか。すると5大栄養素の何が足りていないかは、すぐにわかります。

私はよく「3食×3色」と伝えています。朝昼晩の3食をしっかり食べるのはもちろん、1回の食事の際には、必ず3色の異なる栄養素、赤(タンパク質)・黄(糖質・脂質)・緑(ビタミン・ミネラル)が入っている必要があります。主食・主菜・副菜と言い換えてもいい。そうしたチェックをする、あるいは個々で意識してもらうとよいでしょう。


―それを参考に、栄養士に指導してもらえるといいですよね。

こばた:そうですね。やはり食のプロには相談しやすいですし外部の人なら本音を伝えやすい面もありますからね。伴走役としてはベストといえるかもしれません。

しかもメールなどではなく、たとえオンラインでも「顔をあわせての指導」のほうが効果的だと感じています。

私は多くのスポーツチームや企業で栄養指導をしていますが、「今日は先生がくるからランチに気をつけました」「昨日はお酒を控えました」とおっしゃる方がとても多い(笑)。直接的な栄養指導も大切ですが、食のプロが、自分の食生活を気にかけている、という環境もご本人の意識を高める要因の1つになると実感しています。

そのうえで、職場での「継続的なアプローチ」もとても大切です。やはり喉元を過ぎると忘れてしまいがちなので、健康経営のご担当者から意識的に「3食×3色を実践していますか」と声がけしていただいたり、掲示物等で発信していただくことが有効です。

―その意味でも、企業が従業員向けに食と健康の環境を整備するには、栄養バランスに配慮した社員食堂などを用意することでしょうか?

こばた:そうですね。健康に軸足を置いて、カロリーや栄養バランスに配慮した社員食堂を用意している会社、とくに大企業は少なくありません。ランチのみならず、朝食や夕食まで用意しているところもあります。

もっとも、すべての企業がそのような環境を用意できるわけではありませんし、企業ごとに食と健康にかかわる課題も違う場合もあるでしょう。そう考えると、社員食堂を用意せずとも、社員の食と健康をフォローする方法はいくらでもある、と考えます。


―具体的なケース別に、社員の食と健康を企業はどうフォローすればいいかを教えていただけますか?

①外回りの営業職が多く、ランチを外食やコンビニ食で済ますことが多い。

こばた:基本は黄・赤・緑の栄養素がとれる、主食、主菜、副菜を必ず選ぶように伝えるのがいいでしょう。外食ならばラーメンなどの単品丼ものではなく、ご飯や麺などの主食とお肉や魚の主菜、煮物やスープなどの副菜がつく「定食」を選ぶ。コンビニではおにぎりと唐揚げだけではなく、サラダやおひたしのような「副菜」も加えるといった具合。実際のアクションにしてもらうには「副菜分の費用は会社で負担する」といった制度にできるといいですね。

②肉体労働系の職場で、揚げ物などカロリーの高いものばかり食べる従業員が多い。

こばた:せめて「揚げ物を複数にしないように」とは伝えたいですね。先に述べたように、副菜もつけるのがベター。あるいはビタミン豊富で、かつ摂取しやすい野菜飲料や手軽に食物繊維がとれる飲料などを事務所や現場にストックしておくのもおすすめです。自分で用意するのは億劫でも、会社が用意していれば自然と手が伸びやすくなります。

③比較的、シニア層が多い職場。

こばた:人は年齢を重ねるごとに食事量が減ってきますが、そのせいで偏った食事になりがちです。それはたいてい主食のみ、つまり糖質のみなので、タンパク質が足りなくなるシニア層が多いです。加齢によって心身が衰えて、骨折などをしやすくなる「フレイル」の一因ともいわれています。乳製品や卵、魚肉ソーセージなどは手軽なので、そうしたものを会社に常備して、積極的にタンパク質の摂取を促してほしいです。オフィスにタンパク質を多く含む栄養補助食品を常備するのも一案ですね。

④リモートワークがほとんど。従業員の運動量が少ないのではないかと心配に。

こばた:リモートワークはやはり運動不足になりがち。運動不足になると、便秘のリスクが高まります。そこでストレッチなどで運動不足を解消すると同時に、食物繊維の豊富な野菜やきのこなどを摂取してもらうよう促したいです。それらの食材を福利厚生の一環として従業員の方々の自宅に送る、職場で低価格で購入できるようにする、あるいは、食物繊維がとれるサプリメントや飲料などを送付したり、自動販売機を設置するのもいいのではないでしょうか。

⑤若い単身者が多い職場。彼らが自宅で簡単にバランスのとれた食事をとるには?

こばた:繰り返しになりますが、主食・主菜・副菜のバランスがとれた食事はぜひ実践していただきたいです。ただ、若い単身者の方となると「3つも料理を用意するのはめんどくさい」と感じる方も少なくないと思います。そこでぜひ推したいのがカレーライスです。カレーライスは、ごはん=糖質、お肉=タンパク質、ニンジン、タマネギなどの野菜=ビタミン・ミネラルで構成され、ひと皿に主食・主菜・副菜がバランスよく入っています。レトルトでも自炊でもどちらでもいいと思います。



―ありがとうございました。最後に、食に関してどのような意識で過ごせばいいか、アドバイスをいただけますか。

こばた:実は、食事は心の栄養補給にもなります。誰かと一緒に食事をしながらコミュニケーションをとるのは心が躍り、楽しいものです。コロナ禍でそういう機会は少なかったと思うのですが、気の置けない人たちとの食事の機会を徐々に増やしていただければ、それもまた健康経営の大きな一助になるのではないでしょうか。




【プロフィール】



しょくスポーツ代表取締役
こばたてるみ


銀行や国立健康・栄養研究所勤務などを経て(株)しょくスポーツを設立。日本初の公認スポーツ栄養士16名のうちの1人として、トップアスリートやジュニア選手、スポーツ愛好家の栄養サポートのほか、メディア出演や専門学校での非常勤講師、食育イベントの企画運営や企業の健康づくりにも関与する。Zoomを活用した栄養相談や、「カンタン!おいしい !栄養リッチ」なレシピは人気を博している。「スポーツ栄養士のキッチンから」など著書多数。日本スポーツ栄養学会評議員。ゴルフと酒蔵巡りが趣味の一男一女の母。
株式会社しょくスポーツ HP
http://www.shoku-sports.jp

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