見出し画像

健康経営を資金面から後押しする。 厚生労働省が進める「エイジフレンドリー補助金」とは?



「つまずきや滑りを防止するための床の改修」「パワーアシストスーツの導入」、さらに「転倒や腰痛を防止するためのトレーニングの指導」まで――。高年齢労働者向けの労災対策として、最大100万円までの費用を補助する、厚生労働省の「エイジフレンドリー補助金」。実は業種を問わず企業の健康経営化を強力にバックアップもする、実に“使える”補助金です。どのような制度でどう申請すればいいのか、厚生労働省の澤田京樹さんと日本青年会議所・デザイン委員会委員長の辻尾洋人さんとの対談で深掘りします。

※「健康経営®」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標です。




労働災害の約3割を、60歳以上が占めている

―まずは辻尾さんが委員長をつとめている日本青年会議所・経営デザイン委員会について教えてください。

辻尾 日本青年会議所のメンバー企業が、これからの経営を構想するためのお手伝いをしています。最近は身体的にも精神的にも満たされた組織を目指す「ウェルビーイング経営」や、人材を資本と考えてその価値をより大切に考える「人的資本経営」などの情報を広めています。

一方で、本業はシナリオライターや小説家を育成する東京作家大学や、学習塾などの教育関係の事業を手掛ける経営者でもあります。

―辻尾さんは「エイジフレンドリー補助金」の存在をご存知でしたか?

辻尾 失礼ながら、今回の機会をいただくまで、存じ上げませんでした。

澤田 そうなんですね。我々、厚労省としては、知名度を上げるのに大きな課題感を抱いています。

「エイジフレンドリー補助金」は2020年から実施している補助金制度で、実は昨年の実績で1300社ほどにご利用いただいています。

辻尾 多いですよね。「実は間口の広い補助金だ」と聞き、いち経営者としても、また経営デザイン委員会としても大変興味を持っています。


―では「エイジフレンドリー補助金」とは何か、あらためて教えていただけますか?

澤田 まず「エイジフレンドリー」とは「高齢者の特性を考慮した」という意味で、WHOなども使っている言葉です。

高齢者の方々が安全かつ安心して働けるために厚生労働省が設けた補助金制度が「エイジフレンドリー補助金」で、中小企業事業者を対象に、労働災害を防止する設備の導入などにかかった費用の1/2、最大100万円までを補助しています。

―補助金と助成金がありますが、どう違うのでしょうか?

澤田 まず補助金と助成金に、法的な違いはありません。どちらも国や自治体が、「社会課題の解決に繋がる企業の取組などを後押しするためにお金を差し上げる」ものです。

ただ「助成金」という名前は比較的、要件を満たせば一律に支給される場合に使われることが多い。一方の「補助金」は競争的というか、より効果が高いと認められた事業者から優先的に支給されるものに使われる傾向があると思います。エイジフレンドリー補助金については、労働災害防止対策の効果が高いと考えられる取組を優先して補助対象とさせていただいております。

―なるほど。いずれにしてもエイジフレンドリー補助金を3年前に設けたのは、国が高齢労働者に対して大きな政策課題を持っている証しでもあるわけですね。

澤田 その通りです。ご存知のように、我が国は超高齢社会となり、60歳以上の高齢労働者の方々も増え続けています。10年前に比べて約1.5倍となり、今は全労働者の2割ほどが高齢労働者です。

これが業務に関連して起きる負傷や疾患などを指す労働災害に影響を及ぼしています。労働災害のうち、約29%と多くを高齢労働者が占めている。しかも目立って多く発生しているのが、「転倒」や「腰痛」なんですよ。


健康経営を促進する、エンジンになり得る

―労災といえば「工作機械に体を挟まれる」「建築現場の足場から落ちる」といったものが主流と思っていましたが、違うのですね。

澤田 高齢化と共に「変わってきた」のです。かつては労災のうち、転倒して骨折する、打撲するといったものはわずかでした。しかし、今は労災全体の27%が転倒による骨折などの怪我です。

さらに転倒場所を調査すると、階段のような段差のある場所よりも、凹凸のない床の上でつまずいたり、足がもつれて転ぶといった例が最も多い。高齢になると筋力が下がり、足腰が弱くなり、何もない場所で転倒するリスクが高まりますからね。

辻尾 身にしみてよくわかります。実は弊社が運営する専門学校で、昨年2件、転倒による労働災害が発生したんですよ。

―どのような状況だったんですか?

辻尾 1件は、オフィスが入っているビルの入り口でスタッフが転んで骨折を。もう1件は、講師をお願いしている小説家の先生が、学校の最寄りの渋谷駅の構内でやはり転んで骨折しました。復帰にも時間がかかりまして。

澤田 厚労省の調査データでも、転倒による労働災害で休まれる日数が平均約48日となっています。やはり高齢になると、体力や筋力、あるいは骨密度などが落ち、健康状態が低下しがちです。それが転倒などによるケガとなって表れて、経営においても甚大な影響を及ぼしてしまう。

同様に「腰痛」も高齢労働者の労災として非常に多いため、エイジフレンドリー補助金の対策対象です。まず休業に至る腰痛を防がなければなりませんが、その手前の状態でも、ひどければ出社にも影響がありますし、出社しても普段のポテンシャルを発揮できないプレゼンティズムの状況を生みがちです。

―なるほど。今や「転倒」や「腰痛」の予防は、高齢労働者の方々に安心かつ安全に働いてもらううえで欠かせない対策になりつつあると。

澤田 その通りです。しかも従来のように一次産業や二次産業だけではなく、サービス業含めてすべての企業に共通する課題なのも特徴です。

辻尾 確かに。どんな業界でも大いにリスクがあるし、策を練る必要性を強く感じます。


―その意味でも、健康経営と重なる部分が多いように思えますね。

澤田 実際、転倒対策も腰痛対策も、健康経営優良法人の評価項目に入っていますからね。2023年度の評価項目には、骨密度低下(骨粗しょう症)予防の支援(骨密度測定、サプリ提供等)も加わりました。

エイジフレンドリー補助金も活用して対策を進めていただくことは、この評価項目をクリアでき、健康経営に近づくことにも直結すると考えています。

―具体的な補助対象はどのようなものなのでしょうか?

澤田 転倒防止のための「つまずきを防止する通路の段差の解消や滑りにくい床への貼り替え」や「重い荷物を運ぶ際に補助して腰痛予防にもなるパワーアシストスーツの購入」、「体温を下げるための機能のある服(空調服)の購入」、あるいは「暑熱環境における熱中症対策のための装備の購入」といった物理的な対策はもちろん対象です。

さらに特徴的なのは、転倒や腰痛を未然に防ぐために「高齢労働者の身体機能のチェックや運動指導」も補助対象であることではないでしょうか。

辻尾 それはいいですね。たとえば60歳以上の従業員向けにトレーニングを実施したり、あるいは従業員が毎週ジムに通ってパーソナルトレーナーに指導を受ける、なども補助対象になるのでしょうか?

澤田 専門家が策定したプログラムであることなどの要件はありますが、補助対象になります。先ほど辻尾さんがおっしゃったように、通勤途中やオフィス外などでの転倒は、物理的な設備環境を会社が整えるのは限界があります。

しかし、高齢労働者自身が、筋力や体力の低下を防ぐようなトレーニングを行って筋力や体力を増強してもらえば、オフィスでも現場でも、駅でも道路でも転倒のリスクは大幅に減らせます。


―実際の申請はどのようにするのでしょう?

澤田 労災保険に加入していること、中小企業事業者であること、高年齢労働者を常時1名以上雇用し、対象の業務に就いていることなどの条件がまずあります。

そのうえで、事務センターのホームページでダウンロードした「申請関係書類」に施策の実施内容などを書いて提出していただければ、審査を実施。交付決定の通知を受領されたら対策を実施して、その費用の支払いを終え、必要書類を提出いただければ、補助金を指定口座へ振り込みます。

―何か注意事項はありますか?

澤田 そうですね。今年度(2023年度)の補助金申請期限は10月末日予定ですが、予算に達したところで打ち切らせていただきますので、お早めにといった感じでしょうか。

辻尾 申請する側の目線でいうと、できるだけ申請手続きの手間を簡素化してもらえると大変うれしいですね。こうした補助金は、必要としている会社ほど、多忙であったり、人手が足りないものですから。

澤田 その言葉はとても刺さりますね。どんどんご要望を伝えていただければ幸いです。この政策もブラッシュアップさせながら持続させたい思いがありますので、よろしくお願いします。




【プロフィール】

 

厚生労働省
労働基準局安全衛生部安全課・中央産業安全専門官
澤田京樹(さわた・あつき)

千葉労働基準監督署、在シンガポール日本国大使館勤務等を経て、2022年から現職。増加傾向にある「転倒」や「腰痛」などの労働者の作業行動によって生ずる労働災害の対策のための社会全体の意識改革・行動変容を含む新たな対策の策定に取り組む。



公益社団法人日本青年会議所
2023年度経営デザイン委員会委員長
辻尾洋人(つじお・ひろと)
株式会社久衛門取締役、東京作家大学マネージャー。学習塾、専門学校など教育関連事業に携わる。日本青年会議所では2023年から現職に。ウェルビーイング経営や人的資本経営の普及・伝達に尽力している。