健康経営ことはじめ 特別編 お悩み相談 従業員の健康管理、どこまで踏み込んでいいのでしょうか?
健康経営のプロフェッショナルである岡田邦夫さんを迎え、今更聞けないような初歩的な内容も含めて、健康経営について教えていただく連載「健康経営ことはじめ」。今回は、実際に健康経営に取り組んでいらっしゃる経営者の方にご登場いただきます。健康経営の疑問や不安を打ち明けていただく、健康経営ことはじめの特別編「お悩み相談」です。
ご登場くださるのは、東京、千葉、埼玉、仙台に拠点を持ち、創業50年以上になる食品に特化した運送企業、ノバ・エキスプレス株式会社の代表取締役 大越みゆき社長。17年前に先代から社長職を引き継がれた際、従業員との向き合い方をあらためて見つめ直そうと、年に2回行われる健康診断の結果をベースに一人ひとりと面談することから始めた健康経営への取り組み。しかし、食品運輸というハードな業種特性もあり、日々の従業員ケアについて悩みをお持ちだそう。では早速、岡田邦夫さんに相談してみましょう。
交通事故につながる健康リスクは、しっかり指導を
〈大越社長のお悩み1〉
私たちの会社が行なっているのは、食品に特化した運送です。飲食店、ファーストフード店、スーパーマーケットなど、様々な業態のお取引先にお届けするのですが、共通しているのは早朝に納品しなくてはならないという点。ドライバーは深夜に稼働するためか、過食による肥満や糖尿病、心筋梗塞などの健康リスクが高い点が気になり、改善方法を探っていました。
そこで、少しでも脳疾患や心疾患を予防しようと、昨年より各営業所に血圧計の設置を始めました。今まで健康にさほど興味のなかった従業員たちも、毎朝自主的に計測し、どういう時に血圧が上がるかを話題に会話が生まれるなど、意識は少しずつ変わってきているように感じています。健康診断の結果を見て面談はしているのですが、まだ良い結果には転じていない状況です。健康な体を維持するためには本人の意識が非常に重要だと思いますし、同時に、会社としてサポートし、ケアしていくためには、どのようにすればいいでしょうか?
〈岡田さんからのアドバイス〉
健康経営の考え方は、従業員の健康づくりを経営戦略として位置づけ、適切な働き方と相まって労働生産性を向上させるというものです。ですから、これまで健康診断の結果を見ながら社員と面談していらっしゃったのは、大越社長が従業員の健康に直接立ち向かっている姿勢として、とても素晴らしいです! 業務内容だけでなく健康面についてもお話をされているは、「経営者が、従業員の健康に極めて強い関心をもっている」というメッセージを送ることができるので、とても有効ですね。
それに、血圧計の導入もいいですね。昨今、タクシー会社などでも同様の取り組みがあります。従業員向けに、アルコールチェックと共に血圧チェックを行い、血圧が高い状態では乗務ができないというルールを導入した結果、事故のリスクを回避できるほか、従業員の健康リテラシーも向上したそうです。この例からも、健康維持や予防において、経営者の推進力がいかに大きな影響を与えるかがわかると思います。
大越社長が心配されている従業員の過食による肥満は、運転事故の原因になり得る健康リスクのひとつです。というのも、太ってくると睡眠時無呼吸症候群を引き起こす可能性が高く、睡眠の質の悪さにつながります。そのため、稼働中にうとうとと眠くなって、交通事故を引き起こすと言われています。また、日本人の場合、加齢とともに体重が増加すると、糖尿病になる危険性が高くなり、その結果として心筋梗塞のリスクも上がります。運動によって筋肉が付き体重が増えたのなら良いのですが、20代の頃よりも10kg以上体重が増加した人は要注意です。
では、なぜ太ってしまうのか。その理由のひとつに考えられるのは、飲食の内容でしょう。ドライバーさんの多くは運転中や休憩時間に、缶コーヒーや甘い飲み物を飲む方が多いようです。無糖のコーヒーであれば、1日3、4杯飲んでも影響はありませんが、ミルクや砂糖が入っていると話は別。1日に5本くらい飲んでいるという方は、糖分を過剰に摂取することになるので要注意。また、深夜に稼働する方の中には、お腹が空いた時にインスタントラーメンを食べるケースも多いようです。確かに、さっと食べられて便利ですが、塩分や油分が多いので肥満だけでなく血圧にも悪影響を及ぼすと考えられます。
食習慣は自身ではなかなか気づけず、改善しにくい場合も多いので、一度、食生活の指導を試みてみてはいかがでしょうか。1週間にどんな食べ物をチョイスしているのかだったり、食事の時間などをアンケート調査して、保健指導などによって少しずつ改善してもらうように促すと、1ヶ月くらいで結果は出てくるはずです。急に、食生活を全て変えるのは難しいので、できる範囲から取り組んでもらうといいと思いますよ。
勤務時間外の習慣でも、業務に影響するなら理解を促して
〈大越社長のお悩み2〉
ドライバーの多くは昼夜逆転の生活です。労働時間は8時間〜10時間と、日中のドライバーと変わらないとはいえ、やはり深夜稼働で体に負荷がかかってしまっているせいか、朝方に最後の配達を終えると、車庫にトラックを戻す前に、駐車場で4時間ほど仮眠をとるドライバーも少なくありません。そのような生活はドライバーの健康にもよくないと心配になりますし、同時にご家族にも不安を与えている気がしてなりません。
業務上、深夜稼働は不可欠なのですが、できる限り従業員の健康を守り、またご家族にも安心してもらうために心がけるべきところがあればアドバイスをいただけますと助かります。
〈岡田さんからのアドバイス〉
まず、睡眠時間として、帰宅前の仮眠と考えると4時間は長すぎますし、通常の睡眠としては短すぎます。不安定な睡眠時間では疲れは取れにくいでしょう。翌日の業務にも支障をきたして安全性のリスクへとつながる可能性が高くなり、よくないですね。
質の悪い睡眠は、ホルモンの分泌が悪くなり免疫が低下しますし、加齢と共に感染症にかかるリスクも高くなります。さらに、睡眠時間が短いと、食欲を増進させるホルモンが分泌され、疲れから運動量も減少して肥満の心配も高まりますね。
一晩中、神経を使って運転をしているため、業務終了後に疲労を感じるのは仕方ありませんが、せめて車中での仮眠を20〜30分に止めて、帰宅してからしっかり熟睡していただいたほうがいいですね。ちなみに、自宅に帰るとお酒を飲むという方もいらっしゃると思いますが、お酒を飲むと寝つきはよくなる反面、睡眠の質は悪くなってしまいます。ストレッチなど軽く体を動かし、お風呂に入ってサッパリして横になったほうが、深い睡眠を得られますし目覚めもスッキリすると思います。
また、ご家族の不安を解消する意味でも、きちんと家で眠るのは大切です。勤務時間が終わってもなかなか帰ってこないとなると、事故を起こしたのではないか、体調が悪くなったのではないか、とご家族の不安が増幅するでしょう。それに、無事に帰ってきても、自宅では仮眠程度の短時間睡眠でまた出勤したり、家でも常に眠そうにしている姿を見れば、心配になるのは当然です。
睡眠は勤務時間を終えた後の個人の生活習慣なので、会社として指導してもいいものか迷われるかもしれませんが、会社には安全運転管理義務があるので、きちんと伝えて理解してもらうのはとても重要です。食事の内容や時間、そして喫煙は、運転中の事故に結びつく可能性があるということを、少しずつ理解していただくように会社としても働きかけてみてください。
メンタルヘルス不調の予防には、定期的なストレスチェックを
〈大越社長のお悩み3〉
現在、新型コロナウイルスの影響で運送業は、ウイルスに対する細心の注意を払いつつも、いつも以上にハードな稼働をせざるを得ない状況が続いています。そんな中、今まで長く活躍してくれていたベテランのドライバーが精神的にも身体的にも疲れて体調を崩してしまいました。
優秀なドライバーは会社の財産ですから、一人いなくなるだけでも大きな痛手となります。大切な従業員にどうにか残ってもらう方法はないのか、いや、メンタルヘルス考えたら仕事を離れてゆっくり休んでもらった方がいいのだろうか、と悩みました。会社として出来ることはないのでしょうか。
今後も期せぬ事態が起こらないとは言い切れません。このようなメンタルヘルス不調を訴える従業員が出てきた場合、どのようにケアをするのが正しいのか、また、メンタルヘルス不調をなるべく防ぐために、会社として出来る対策があればアドバイスしてください。
〈岡田さんからのアドバイス〉
新型コロナウイルスのような非常事態は、どうしても人々の心に漠然とした不安を生み出します。それは時に、社会不安障害にまで発展し、強い恐怖心で電車に乗れなくなってしまう方をも生み出すほどです。
このタイミングで体調を崩すと、自分も感染しているかもしれない、もし感染したら家族にうつしてしまうのではないか、いま感染していなくても今後感染のリスクが高まるのではないか、と不安がどんどん膨らみ、軽いパニックに陥るケースは珍しくありません。また、体調不良で仕事が出来なくなると、自分に能力が無いからだ、とネガティブ思考が広がり、軽い抑うつ状態になる人もいるようです。
従業員にこのようなメンタルヘルス不調の兆候が見られる場合は、その人が心の奥底に抱えている不安を除去してあげる必要があります。精神科での診療をおすすめしたいのですが、内科や皮膚科と違って抵抗がある人も少なくありません。その場合は、心療内科でのカウンセリングを促していただくといいでしょう。また、メンタルヘルスに不調のある方は眠る時に強い不安を感じる場合が多く、寝つきもよくない傾向が見られるので、睡眠外来を勧めるのもひとつの方法です。ただ、風邪を治すのとは違って回復には時間がかかります。精神疾患は、カウンセリングを2ヶ月、3ヶ月と受け続け、時間をかけて改善するしかありません。
予想ができなかった事態は仕方がないことながら、従業員の深刻なメンタルヘルス不調を防ぐために「ストレスチェック」を定期的に行い、できるだけ早期に産業医や外部機関など、専門家に診てもらうような仕組み作りが大切です。症状が深刻化してからでは、遅いのです。
企業に長く属して働いていると、自分の仕事に自信がなくなったり、疑問やプレッシャーを感じて追い詰められてしまうなど、些細なきっかけでもメンタルヘルス不調を引き起こす危険があります。このような場合に大切なのは上司、同僚など、まわりの人のサポートです。なぜ悩んでいるのか、なぜ意欲を失くしているのかを丁寧にすくい上げ、適切な言葉をかけることができれば、個人の悩みは徐々に解消されていき、その環境は企業風土となるでしょう。大越社長も実践されていますが、経営者が行う社員面談もサポートとして大きな意味を持ちます。それは、経営者の持っている力を従業員に与えるエンパワーメントになります。
もう一つ、メンタルヘルス不調を引き起こす危険性が高いのが、家族が病気になった時です。現在では家族も参加が可能な、体を動かすイベントや健康にまつわるセミナーを開催するなど、従業員のみならずその家族の健康をも支援するような取り組みを行う企業が増えています。
人財である従業員の健康を守りながら、業務をしっかり安全に行うためには、どのような経営方針を打ち出したら良いのかをあらためて見つめ直し、改善すべき点があれば速やかに変えていくのも大切です。そして、会社が健康リテラシーを高める活動を根気よく行うことで、従業員のみなさんの健康の基盤と強いメンタルヘルスが育まれ、会社としての強さも増すのではないでしょうか。
●大越社長の感想
非常にわかりやすくアドバイスをしていただき、ありがとうございます。今後の健康経営に役立たせていただきます。健康への取り組みは、マニュアル通りに進められるものではありませんし、すぐに結果が出るものでもありませんので、これでいいのだろうかと不安に思うところもありました。今回お話をお聞きして、従業員に対するアプローチは決して間違っていなかったと安心することができました。
〈プロフィール〉
ノバ・エキスプレス株式会社
代表取締役社長 大越みゆき
「かゆいところに手が届く物流サービス」をテーマに、トラック配送を行う会社として1967年に創業。東京、千葉、埼玉、仙台に拠点を構え、関東や東北エリアで主に食品の配送業務を行う。お店にモノがあるという「あたりまえ」を実現するために、日々たゆまぬ努力を行い、今を生きる人たちの平穏な日常を、物流サービスを通じて実現している。
https://novaexpress.co.jp/
岡田邦夫
NPO法人健康経営研究会理事長
大阪府医師会健康スポーツ医学委員会委員長
平成26年度厚生労働省「ストレスチェック制度に関わる情報管理及び不利益取り扱いに関する検討会」委員をはじめとして各方面で幅広く委員を歴任。
主な著書に『健康経営のすすめ』(社会保険研究所)、『これからの人と企業を創る健康経営』(社会保険研究所)、『健康経営推進ガイドブック』(経団連出版)、『ストレスチェック導入・運用サクセスガイド』(メディカ出版)、『なぜ「健康経営」で会社が変わるのか』(共著)など多数