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人生に寄り添いながら、社員も会社も共に成長していく

「健康経営」という言葉が生まれる随分前から、社員一人ひとりが健やかであること、そして社員の人生が充実していることを第一に考えてきた企業があります。それが、奈良県を中心に関西各地で運送業を営む株式会社ハンナです。

今回は、40年前の創業時からの変わらない社員主義の方針を礎にしながら、現代の「健康経営」としての取り組みも積極的に進め、中小企業の「健康経営」の模範として注目を集める同社代表取締役 下村由加里さんにお話をお聞きしました。



 

創業時からの〝人ありき〟をより具体的に

―ハンナ様は、顧客へのサービスが充実し信頼される企業としてよく知られていますが、同時に健康経営に取り組まれていることでも注目されていますね。そして多くの企業の方が、御社の取り組みを参考にしているのではないかと思います。初めに健康経営というものを意識しはじめたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?

ハンナ 下村社長(以下、下村):大きなきっかけとしては、世間が変わったということです。1990年の規制緩和によって運送業界への参入が増え、運賃が下落するという状況になってしまいました。同じ仕事をしても収入が減るのであれば、人材の確保も難しくなってしまいます。利益率が下がりリスクヘッジのための資金が確保できなければ、安全に業務を遂行することも難しくなってしまいます。そういった未来の危うさみたいなものを感じた時に、改めて雇用の大切さを考えていかなくてはならない、従業員の健康を守らなくてはならないと思いました。

―世間の波に巻き込まれ、目先の利益に囚われると、働く現場はどんどん過酷になってしまいそうな状況ですよね。そこで、悪循環になる前に「人」にフォーカスを当てたのは素晴らしいと思います。

下村:もともと弊社は、40年前の創立時から、仕事に対して「人」を合わせるのではなく、「人」ありきで仕事を調節していく方針でやっているので、いくら収入が良い仕事でも、社員の健康を度外視して受ける、ということは決してしません。「人」はロボットではありませんから、働いている間の人生も、そして退職した後の人生も、充実したものでなければなりません。創業者である父はその考えを自ら体現してくれていて、60歳で経営を退き86歳で他界するまで、生まれ故郷である和歌山県の新宮で好きな釣りをしながら、充実した日々を送っていました。従業員の皆さんにも、そういった充実した人生を送ってほしい、という願いはハンナの根底にずっとありますので、健康経営への取り組みは、ごくごく自然な発想だったと思います。



―「健康」という概念は、「人」によって価値観が異なるものですし、会社として健康経営に取り組むには、ある程度の共通認識が必要だったと思うのですが、そのあたりはいかがですか?

下村:まさにそうですね。職種によっても年代によっても認識は異なります。それは、違って当然だと思います。でも、組織として取り組んでいくためには、ある程度の共通認識やルールは必要です。私たちは、「整理、整頓、清潔、清掃、躾(しつけ)」という5Sを意識するように、と言っているのですが、この「躾(しつけ)」の中に健康についての事柄も含まれています。「躾(しつけ)」というと、上から「こうしなさい」とルールを強制するような強いニュアンスがありますよね。でも、これが大切だと思っています。「習慣」のように、本人主体ではダメ。悪いものでも習慣になりますしね。健康も、会社の仕組みとしてやるからにはルールが必要で、社内での意識改革や内部統制を実行する上で、健康経営という概念や文言は使いやすかったです。

―最初は、協会けんぽさんの「健康チャレンジ」に取り組まれたそうですね。

下村:協会けんぽの企画である「健康チャレンジ」への取り組み案を安全衛生委員会で考え、そのメンバーである総務の女性社員を中心として、女性社員の皆さんが旗振り役となり、おもしろそうに取り組みはじめました。そのポジティブな引力に社員が良い形で引っ張られて、とても良い空気感が作られました。それと同時に社員それぞれが決めた目標を持ち、自ら健康管理に挑戦するというきっかけ作りとなりました。

―わかりやすさという意味でも、健康診断の受診率をあげることからスタートされるという企業も多いようですが、ハンナ様はいかがでしたか?

下村:弊社は24時間365日の運送業をやっていますので、受診率は意識しています。受診しないと評価が上がらない、受診しないと次の仕事に行かせないなどの仕組みを作り、総務の方でしっかり計画を立てて実行してくれたので、健康経営に本格的に取り組む前に、受診率100%ができていました。弊社は、価値観の合わない新規の荷主さんからのお仕事は受けないようにしていますし、一方、現在お取引をしている荷主さんは法令遵守に対する会社の方針を理解した上でお付き合いいただいています。

―取引先も理解してくださっているのは、仕事もしやすいですし、信頼も厚くなりますね。ところで、ハンナ様は、健康経営優良法人の認定も受けていますが、どのような思いがあったのでしょう。

下村:はい、2017年に奈良県で初めて認証をいただいて以来、毎年、認定を受けています。この認定は、対外的に有効というだけではなく、プロセスがとても大事だと思っています。ISO9001もそうですが、認定取得への取り組みは、社員の考える力を育ててくれますし、管理者のスキルアップにも繋がります。もともと、弊社の社員には、目標を持って学ぶことに、前向きに取り組む習慣が備わっていますから、健康経営優良法人の認定取得を目指すに当たっても、会社が急に舵を切ったというのではなく、健康という漠然としたものを具現化し、仕事の中に落とし込むことだと社員が理解してくれたのだと思っています。



人を育てることが利益を上げることに直結する

―先程も、一人ひとりの人生を考えた上での働き方を提唱していらっしゃるとのことでしたが、そのあたりをもう少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか?

下村:弊社が創業時から心掛けているのは、社員一人ひとりのライフスタイルを考慮したワークプランです。若い時には、荷扱いや接客など基礎的な業務が中心となりますが、20代後半から30代になると結婚して家族が増えることも多く、この年代は家族との時間を取れるようなシフトで業務をします。また、子供の成長に合わせ収入を多くしたい人は、夜間の仕事や長距離、大型化に挑戦することもできます。一方、50代になったら、体力の負担を減らす、また介護の可能性も出てきたり、という理由で近隣への配達に配置変更することも可能です。これは、残りの人生を充実したものにしてもらうための措置です。また、女性のドライバーも貴重な戦力となっており、子供が学校から帰ってくるまでの限られた時間の中で、配達作業と倉庫作業をうまく組み合わせ、効率良く働いてもらうなどしています。
人生には、子供や親の介護とか、どうしても思い通りにならないことがあるじゃないですか。そういう個人ではコントロールしきれない部分を、会社としてどれだけ許容し、幅広く調整してあげられるか、といったところも大切にしています。常に、社員のライフスタイルやライフプランと向き合い、挑戦したいことにはサポートをし、負担になっている部分は軽減できるように調整する。約40年の変わらない考え方が、高い社員定着率に最も有効だったと思いますね。



―社員定着率が高いのは、一人ひとりのライフステージやライフスタイルに合った働き方が出来るからだという点が良く解りました。社員に対して適した仕事の割り振りや配置をし続けるために行なっている工夫などはありますか?

下村:弊社では、年に2回の社員面談を行なっています。 1回目は「夏の面談」と呼んでいて、7月8月9月で私が全社員と面談をします。3月の決算結果を元に、こんなことに挑戦しましょうとか、これはなくしていきましょうとか、じっくり話をしながら1年間の目標を決めていきます。2回目の面談は、半年後の1月後半から2月3月になるのですが、部下を持っている社員は、事前に部下一人ひとりのグッドポイントパネルを作ります。グッドポイントパネルとは、部下の長所を見つけるためのもので、家族構成、勤続年数、スキル事項、普段話す中で聞いていた希望要望、仕事ぶりを見て褒めたいところなどを記入するものです。ポイントは短所を一切書かないということ。もし上司が部下の長所を見つけられないと報告があった場合、すぐに長所を見つけられる上司の元に異動させます。やっぱり人間なので相性がありますから。

―上司と部下の関係性を見るのも大切ですね。ここに問題があれば、メンタルヘルスに影響してしまいますよね。

下村:そうとも言えますね。2回目の面談は、この上司が作ったグッドポイントパネルを見ながら、私が面談します。1回目で決めた目標に対してどう動いているかを話してもらったり、これからのプランや目標をプレゼンしてもらいます。そこで、タレントパネルと食い違いがないかどうかをチェックするんです。少しずれていたら、「もっとこんな風にしてみたら?」「こんな仕事に挑戦してみない?」と誘導してあげる。上司がこう言っていたよ、と話すのではなく、トップである私が自らの言葉で伝えれば、聞いた社員は自分に「なかったもの」をイメージ出来たり、新たな「気づき」を得られると思っています。

―多角的に一人ひとりを見ていらっしゃるのですね。面談についてお聞きしただけでも、ハンナ様がいかに人材を大事にし、育成に重きを置いているかが伝わってきました。

下村:私たちの仕事は、荷主さんのお荷物を指定の場所にお届けすることです。新製品を開発するような仕事とは違って、トラックで運ぶ、つまり人が運転して運ぶのですから、やはりヒューマンスキルが重要になってきます。客観的な視点でものごとを見て判断できたり、多様化する価値観を柔軟に受け入れられるなど、ドライバー 一人ひとりのスキルが高ければ高いほど、何かトラブルが発生しても、単なる問題では終わらずに、将来的な価値につながるサービスに変えていけると思うのです。

―人材の育成がサービスを変え、利益の向上に繋がっていくというわけですね。



先々を見据え気づきを与える経営者の役割

―面談では、健康についてもお話をされますか?

下村:話すのは、主に、健康診断で何か注意するべきところが出てきた社員や年配社員ですね。前者であれば、例えば、肥満の社員には、食べることは悪くないけれど、その分運動しましょうとか、毎日何本も飲んでいる缶コーヒーを1本だけにしてみましょうとか、単に否定するのではなく、改善案を提示してみます。すぐに行動に移せなかったとしても、意識が変わってくれば少しずつ行動が変わってきます。行動を起こして体型が変わってきた社員に、総務の女性社員がこっそり声をかける時もあるようで、「気づいてくれた」という喜びが、また励みになっているようです。

―確かに、意識がなかったらアクションには繋がりませんよね。

下村:健康の話だけでなく目標に関する話も同じですが、「そうか!」という「気づき」を与えられるかどうかが、経営者にとってとても大事なスキルだと思います。年配社員への話も、「気づき」をポイントにしています。私は、高収入でハードな仕事にチャレンジするのは55歳まで、と話しています。なぜなら、55歳になれば目も悪くなりますし判断力も衰えていきます。50代半ばになると40代のようには働けません。年齢を考えず自分を酷使して命を縮めて働くよりも、自分の状態を理解した上で、体力に合った働き方をする方が、大切だと思うんです。健康を維持し体力にあった仕事をしないと、無事故、無違反、無災害の達成はできません。

―自分の状態を正しく知り、無理のないライフプランの設計が大切ですね。

下村:自分にとっての「いい塩梅」がどういう状態かを知れば老いも怖くありません。創業者である父の晩年の生き方を見てきても、そう思います。年配の方に限らず、やはり自分自身を知ることは大切です。客観的に自分の健康状態や生活習慣を把握出来れば、免疫を落とさないように良質な睡眠をとろうとか、栄養価の高いものを食べようといった対策が打てます。意識と体調のバランスにズレが生じてしまうと健康リスクも高くなり非常に危険です。私自身、もっと体や健康について知りたくなり、また、食という観点から社員の健康をサポートできたらという気持ちもあり、もともと持っている管理栄養士の資格に加えて、薬膳療法士の資格を取ったんです。



―少し話は変わるのですが、今回の新型ウィルスによる世の中のいろいろな動きの中で、運送業の方々は本当にご苦労されたのではないかと思います。ハンナ様ではなにか対策や工夫などを行なっていたのでしょうか。

下村:まず、一人ひとりにマスクとアルコール消毒液のボトル配布を行いました。また、口頭でのコミュニケーションが飛沫感染のリスクを高めてしまうため、お話ができない旨を書いたプレートを作って、胸に付けるようにしました。あとは、緊急事態宣言が出た時点ですぐに総務にお願いして、ハンナとして考えている方針と対策を書き記したクレドを作成して、プリントしたものを社員全員に配布しました。これは、コンパクトに胸ポケットに入る大きさにしていて、万が一、お客様からクレームが出た際には、これを見せることで会社の姿勢を伝えることができますし、不安に思われていたであろう社員のご家族にも見せるようにと伝えていました。また、この件は長引くと思っていましたから、何度も読み返し行動に気を付けて安全に業務を行うために必要だと考えました。

―予測不可能な事態が起こった時に、社員だけでなく家族にもきちんと伝えられるものをスピーディーに作成されているのは、とても素晴らしいですね。ある程度、先々に起こりうるだろうリスクを想定し準備され、実際に何か起こった時に対応できるチームワークができていないと、このような迅速な対応は難しいと思います。

下村:お話しできない旨を書いたプレートは、海外研修の時に、言葉が通じない人たちが働く際に、このようなものを用いていたのを思い出し、うちでも活用できるとすぐに実行しました。



―​​​​​​​いろいろなご経験や見聞が、必要なタイミングで生かされたのですね。
最後になりますが、健康経営を進めていくにあたって、必要なのはどんなことだと思われますか?


下村:経営者は、常に社員よりも先々を考えなければならないと思っています。どんどん前に、という気持ちでいる人がトップでないと、健康経営は厳しいかもしれませんね。これから先に起こりうるリスクを現実的に考えられれば、健康経営にかかる費用を、経費ではなく投資として考えることができます。また、実行するためには思い切った決断が必要な場面に出くわすかもしれません。弊社も、健康経営を本格的に行うようになってから、考えが合わない人は辞めていきました。それは一見、残念に思えますが、結果的に残った社員のみなさんは会社の考え方を理解してくれているので、社員定着率は上がりましたし、みんな健やかに働いてくれています。弊社の経営理念には、「物心両面の幸福」を掲げています。そこには、社員一人ひとりの健康は欠かせません。それが守られてこそ、企業として成長できると思います。


〈 プロフィール 〉


株式会社ハンナ
代表取締役社長 下村 由加里

グリーン経営・ISO39001認証取得、ホワイト物流推進・SDGs運動等公的指標を取り入れながら一般貨物自動車運送事業を営んでいる。“心身ともに健康でないと安全運転はできない”との考えから社員の健康管理に積極的に取り組み、奈良県初、健康経営優良法人認証取得。健康意識向上、コミュニケーション活性化により離職率が激減。この健康経営活動を土台とし、社会がデジタル化に進んでいく中、対応力のある企業づくりを目指している。