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【健康経営×喫煙対策/前編】 喫煙は“習慣”ではなく“病気”。 吸う人も吸わない人も知っておきたいタバコのリスクとは?

健康経営優良法人の認定基準が2022年より変更となり、「喫煙率低下に向けた取り組み」が評価項目として追加されました。企業は今、社員に対しどのように喫煙対策・禁煙支援ができるのかを前編後編に渡ってお届けします。前編では、日本禁煙学会専門指導者で、オンライン診療を始めとした健康管理サービスを提供している株式会社リンケージの泉水貴雄さんに、最近の喫煙動向と周囲の人への健康リスクについて伺いました。




喫煙によって生じる“認知の歪み”

−タバコは体に良くないと言われていますが、喫煙による健康リスクはどのようなものがあるのでしょうか。

タバコには約5,300種類以上の化学物質が含まれており、そのうち有害物質は約250種類以上、発がん性物質は約70種類にも及びます。喫煙は、がんのリスクを高めることはもちろん、高血圧や糖尿病といった生活習慣病、さらにはニコチン依存により引き起こされるストレス、うつなどの精神疾患とも密接に関係していることが分かっています。
「タバコを吸うのはストレス解消」とよく言われますが、喫煙により平常時の脳波のα波は低下しており、喫煙することにより戻していることがストレス解消と誤認しているのです。


−これだけの健康リスクがあることが分かっていながら、喫煙者がタバコをやめられないのはなぜなのでしょうか。

■ニコチン摂取による喫煙者の脳内の変化イメージ


それは、喫煙者特有の “認知の歪み”を起こしてしまうためです。「タバコは体に悪い」と認知していながら、タバコを習慣のように吸ってしまうのです。このように、認知と行動に矛盾が生じると、強いストレスになります。

しかし、喫煙者はドーパミンの大量放出による快感を忘れられないため、喫煙行動は簡単には変えられません。そこで、「タバコは悪くない。禁煙してストレスを発散できない方が体に悪い」と、自分の都合の良いように認知を変えてしまいます。
このことを、専門的には“認知的不協和”と言います。喫煙による健康被害が表面化するには時間がかかりますし、個人差もあるので、“認知の歪み”を起こしやすいのです。

■喫煙者の認知の歪みのイメージ


−では、どうしたら認知の歪みから脱せるのでしょうか。

まず理解しておきたいことは、やめられない喫煙は「ニコチン依存症」という病気であるということ。喫煙者は医療従事者による積極的な治療が必要な患者なのです。2006年からは禁煙治療に保険が適用されるようにもなりました。禁煙補助薬の使用、カウンセリング等の心理学的アプローチが必要になります。喫煙は習慣であるという認識を改め、吸う人も吸わない人も本来の健康な状態に向かってニコチン依存症の克服と向き合う意識で対策を進めることが重要です。

喫煙者本人よりも高い、周囲への健康リスク

−タバコの煙は喫煙者本人だけでなく周囲にも影響を与えると言いますが、具体的にどのような健康リスクがあるのでしょうか?


喫煙時にタバコから立ち上る副流煙には、喫煙者が吸い込む主流煙の約50倍の発がん性物質(タバコ特異的ニトロソアミン)が含まれています。更にPh調整剤として添加されているアンモニアや、一酸化炭素、カドミウム等の有害性物質等が含まれています。
主流煙として喫煙者本人が吸う煙は900度で加熱され、ある程度発がん性物質が分解されますが、立ち上る煙、すなわち副流煙は350度の温度で燃やされ不完全燃焼した煙なので、有害性物質、発がん性物質が多く存在しているのです。更にその煙は室内で拡散、停滞しその場にいる人々の体内に入り健康影響を与えます。


−タバコを吸わない非喫煙者にも大きな健康リスクがあるのですね

その通りです。厚生労働省*によれば、日本では受動喫煙が原因で亡くなる方が年間15,000人以上いるとされています。交通事故で亡くなった方は年間3,000人未満ですから、いかに多くの方が望まない受動喫煙で亡くなっているかが分かると思います。

*参照:厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-02-005.html

増加する加熱式タバコの健康リスクは

−近頃よく見かける加熱式タバコは、副流煙が出ないなどのメリットもありそうですが、紙巻タバコよりも健康リスクが低いのでしょうか。


一概にそうとはいえません。まず、紙巻タバコ・加熱式タバコで銘柄が同じものは、基本的に同じタバコ葉を使っていますから、そこに含まれる有害物質に違いはありません。また、加熱式タバコにはグリセロールやプロピレングリコールといった有機溶媒添加物が使われているため、紙巻タバコとは異なる健康リスクがある可能性もあります。

ただ、加熱式タバコの健康リスクについてはまだ検証が始まったばかりなので、臨床に繋がるコホートデータの公表はこれからになります。加熱式タバコを通常使用した時の排出されるミストの成分、発がん物質の量は同定されており、紙巻きタバコ同様に有害物質は検出されています。検証には数十年かかると言われています。そのリスクは、紙巻タバコと同程度かそれ以上かもしれません。さらに、副流煙が出なくても、喫煙者の呼気と共に排出される吐出煙には、紙巻タバコと同様に有害物質を含むため、周囲への健康リスクは変わらずあるのです。更に最近の知見では、ニコチンは亜硝酸と反応するとニトロソアミンという発がん性物質に変わります。喫煙者の呼気にはニコチンも含まれており、亜硝酸は空気中にありますし、食品には添加物として入っていますので、食べ物のある場所、室内での加熱式タバコの使用も紙巻きタバコ同様に取り扱う、使用禁止にすることが推奨されています。

−では、表示されるニコチン、タールの量の低い、いわゆる軽いタバコについてはいかがでしょうか。

軽いタバコは“ライト”や“マイルド”といった表記によって健康リスクが低いと捉えられがちですが、実際は軽いタバコでも有害性物質の暴露は同じなので健康リスクは同様です。というのも、軽いタバコはフィルター上部にミシン目の空気穴が空いていて、吸入時、空気の流入によって煙が薄まり、ニコチンやタールの値が低くなるように見せているだけなのです。

しかしながら、軽いタバコを吸うと一時的にニコチンの薄まった煙を吸うので物足りなくなり、害が少ないと認知しているのでより深く長く吸う「代償性喫煙」が起こります。実際は記載されている値よりも多くのニコチンや有害性物質、発がん性物質をより深く長く摂取しています。臨床的には肺の奥の方で発現する肺腺癌の罹患率が、軽いタバコを吸っている人の方が多いという臨床データが出ています。これはニコチン依存度を高めるためのタバコ会社の戦略そのものです。この話は禁煙外来で医師から禁煙治療の最後の方でお話し頂く機会があり、この話を聞いた禁煙チャレンジャーの方々は、もう二度とタバコは吸わないと発話されると聞いています。

−ほかに、喫煙による健康リスクがあれば教えてください。

あまり知られていませんが、「サードハンド・スモーク(残留受動喫煙・三次喫煙)」というものがあります。

例えば、喫煙所やベランダでタバコを吸っていた人が、オフィスや室内に戻るとタバコの匂いがすることがあります。それは、喫煙者の洋服や髪に有害成分が付着している証拠です。喫煙者の服や髪の毛、呼気などから、非喫煙者や周囲の人が、有害物質を吸い込むことで健康に影響を与えるだけでなく、子どもの成長やペットの健康にも良くない影響を与えることが分かっています。

−喫煙が周りに与える影響を知ることが、禁煙へのきっかけになりそうですね。

普通はそう思いますよね。でも、禁煙につながらないのです。なぜなら冒頭に話した通り、喫煙者は“認知の歪み”を起こしています。そのため、禁煙支援や喫煙対策を進めるためには、実は非喫煙者の理解と支援が重要なのです。

健康経営につながる具体的な支援方法については、次の記事で詳しく解説していきますので、ぜひ参考にしてください。




【プロフィール】


株式会社リンケージ
禁煙エバンジェリスト
日本禁煙学会専門指導者(心理士)
健康管理士一級指導員
泉水 貴雄


新卒でワーナー・ランバート株式会社に入社。ファイザー株式会社との合併後、ディストリクトマネージャー、首都圏エリアマネジャーなどを経験。その後、遠隔診療による禁煙治療の普及に携わるために株式会社リンケージへ。禁煙指導員としてさまざまな企業へ禁煙サポートプログラムを提供し、従業員の健康増進と企業価値の向上に努めている。