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人材不足の危機に立ち向かう恵寿総合病院。健康経営で実現する持続可能な地域医療の形とは



「2023年の出生率1.20、過去最低を更新 東京都は0.99」1)

「生産年齢人口はピークの1995年の“8716万人“から2023年“7400万人“に減少」2)
「看護師・技師、足りぬ人手 初再診料上げで厚労省案提示」3)
 
1) “2023年の出生率1.20、過去最低を更新 東京都は0.99”、日本経済新聞、2024年6月5日 14:00
2) “生産年齢人口とは 15〜64歳、労働の中核的な担い手“、日本経済新聞、2023年3月20日 2:00
3) “看護師・技師、足りぬ人手 初再診料上げで厚労省案提示“、日本経済新聞、2024年1月27日 2:00
 
 
「出生率低下」「生産年齢人口減少」「人材確保困難」等、昨今の医療経営は日本の課題と同じように危機的状況にあるようにも思えます。
その余波で「労働環境の悪化」や「ライフワークバランスの欠如」、「人材の流出」等の可能性が高くなるというのが実態でもあります。
ただし、それは病院経営として是正しなければならず、その手段としてさまざまな経営施策が考えられ、実行されています。
 
日本の医療を支える医療法人は日本に約56,000法人ありますが、健康経営の認定を受けている医療法人は194となっています。(厚生労働省調べ)
近年は増加傾向にありますが、健康経営が推進できている医療法人は全体の1%未満であり、人々の健康を支える医療法人が健康経営をなかなか推進できていないというのが実態です。
 
そこで、今回は、医療法人の健康経営のパイオニアとして、社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院 理事長の神野正博さん、恵寿総合病院 総務部 部長 松田久良さんに健康経営の取り組みについて詳しくお話を伺いました。
 
石川県七尾市に拠点を構える恵寿総合病院は、医療のDX化をはじめ、多くの先進的な取り組みをしていることでも知られています。今回のインタビューのテーマは「健康経営®」です。最近では健康経営に取り組む医療法人も徐々に増えてきましたが、恵寿総合病院では医療法人の中でいち早く健康経営に着手した病院の一つです。実際に、2023年までに健康経営優良法人の大規模法人部門(通称:ホワイト500)に6年連続で認定されています。
 
 
なぜ、「健康経営が必要なのか」「それにより病院がどのように変わっていったのか」「今後、健康経営をどのような位置付けとして取り組んでいくのか」という疑問に対してお話をしていただきました。
 
 
※「健康経営®」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標です。
 
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生産年齢人口が減少し、医療人材の確保が難しくなるという危機感があった

 
ーまずは、恵寿総合病院で健康経営を始めたきっかけを教えてください。
 
神野様:実は健康経営を始めようと思って取り組みをスタートしたわけではありません。我々が取り組みを始めた当時は健康経営という言葉はまだ世の中的にも浸透していませんでした。実際に病院の経営理念に従業員の健康という言葉を明記したのは、私が理事長に就任して間もなかった1995年頃のことです。今振り返ると、健康経営の取り組みをスタートさせたのはその頃からかもしれません。
 
本格的に健康経営を推進するきっかけになったのは、能登エリアの人口減少に伴い、病院に必要な人材を確保するのが難しくなってきたことでした。その状況に大きな危機感を抱き、何か対策を講じなければという想いで、2020年に健康経営対策室を設置し、本格的に健康経営を推進していきました。
 


 
ー現在の恵寿総合病院について教えてください。
 
神野様:恵寿総合病院には426床のベッドがありますが、常勤医師数68名、そして看護師284名で、同規模の都市部の病院と比べると少ない人数で運営しています。東京や大阪で当院と同規模の病院であれば、医師200名、そして看護師400名くらいの規模になると思います。そのことからも分かるように、私たちの地域ではそれだけの人材を集めるのが難しいのです。さらにこれから先も、生産年齢人口がどんどん減っていき、医療に携わる人材を確保するのが難しくなるのではないかという危機感を持っています。
 
その一方で、そのような状況でも平均在院日数11日、病床稼働率81%と、東京や大阪の病院に負けないパフォーマンスを出しています。これを維持するためには、少ない人数で質を保ち、安全な医療を提供する必要があります。そのためには、1人当たりのパフォーマンス、つまり生産性を上げることが重要です。そこでスタッフ一人ひとりの生産性向上のために、当院では医療のDX化を進めるだけでなく、今勤務しているスタッフが病気をせず、元気に長く働ける環境づくりを進めています。
 
 

運動習慣の促進やメンタルヘルスケアなど、さまざまな施策を実行した


 
ー現在の院内における健康経営の体制について教えてください。
 
松田様:2020年から総務部の下に健康経営対策室を設置し、本格的に健康経営を推進してきました。健康委員会にはこの健康経営対策室の総務部から2名、健康管理センターの課長1名と保健師1名、金沢ドックセンター係長1名、そして健康保険組合の職員が2名参加しています。
 
この体制で月1回の健康委員会を開催し、重点施策や数値目標の進捗状況などを共有しています。具体的には、定期健康診断の受診率や二次健診の受診率などを重点的に取り上げ、みんなで取り組んでいこうという呼びかけを行っています。また、時期に応じたキャンペーンの告知なども行っています。例えば、7月にはウォーキングキャンペーンを実施し、8月にはストレスチェックを予定しているなど、年間を通じてさまざまな取り組みを行っています。
 

  
神野様:我々は2020年に「けいじゅ健康保険組合」を設立しました。多くの企業が健康保険組合をやめようとしている状況でしたが、我々はその流れに反して設立することを決めました。職員が健康にならないと保険料が高くなってしまうため、健康経営への本気度を上げるきっかけになったと言えると思います。また、健康保険組合を作ったことで、職員全員の健康状況がより把握しやすくなりましたね。
 
ー具体的な健康経営に関する取り組み内容を教えてください。
 
松田様:具体的な取り組みとして、特に力を入れているのが運動習慣の促進です。けいじゅ健康保険組合から提供を受けた健康診断のデータ分析から、他の健康保険組合と比較して職員の日頃の運動習慣が少ないことがわかりました。そこで、石川県が推進している「いしかわスポーツマイレージ事業」を活用した取り組みを行っています。「いしかわスポーツマイレージ」は、ウォーキングやランニングをするとポイントが貯まり、貯まったポイント数に応じて、石川県の特産品や協賛企業の商品などが当たる抽選に応募することができます。その登録者を増やすことで職員に運動習慣をつけてもらう取り組みを進めており、現在では登録者が500名近くまで増えています。このアプリを利用し、けいじゅ健康保険組合独自の取り組みとして、年2回のウォーキング月間を指定し、目標歩数を達成した職員には、インセンティブとして商品を進呈するというキャンペーンを行っています。
 
神野様:運動習慣の促進だけでなく、職員のメンタルヘルスをケアするため、2019年には「けいじゅこころの相談室」を開設しました。全職員が対象で、24時間365日専用フリーダイヤルで第三者のカウンセラーに社会生活上の悩みを相談できます。相談室を開設したことで、メンタルヘルス不調者の発生予防に努め、ワークライフバランスがとれる魅力的な職場環境の整備を行っています。
 
松田様:残業時間が月30時間を超えた職員に対しては、全員カウンセリングを受けるよう案内しています。外部のカウンセリングサービスを利用しているので、病院に知られたくない場合でも相談できるようになっているのが特徴ですね。
  

健康経営に関する発信を続けた結果、職員の意識も変わってきた


 
ー実際の取り組みの成果について教えてください。
 
松田様:健康経営の成果を具体的な数字で示すのは難しい面がありますが、一つの指標として健康保険組合への請求額があります。2020年に健保組合を設立してから、過去3年間の実績を見ると、請求額が減少傾向にあります。もちろんこれは健康経営の取り組みだけでなく、さまざまな要因が影響していますが、一つの成果指標として捉えることができると考えています。

 


ー健康経営の取り組みに対して、職員の反応はいかがでしたか?
 
松田様:正直、健康経営の推進を始めた頃は職員自体があまり自分の健康について関心がないような状態でした。しかし、健康経営の取り組みを始めて、毎月の会議で健康経営の報告をするようにした結果、少しずつ職員の関心も高まってきました。最初は「なんだろう」という反応でしたが、徐々に健康経営という言葉に触れる機会が増え、徐々に意識が変わってきたように思います。
 
神野様:医療従事者、特に医師は昔から健康診断の受診率が低いのです。その背景には自分の健康は自分が一番よくわかっているという考えがあります。病院職員の意識改革を行うのは大変でしたが、徐々に成果が出てきていると感じていますね。

できるだけ早く、健康経営への取り組みをスタートさせてほしい


ー医療現場において健康経営を実践することの意義について教えてください。
 
神野様:やはり何と言っても、生産年齢人口の減少が大きな問題です。私たちは能登にいるので、都市部より早くからこの危機感を持っていました。実際に能登エリアの中学校や高校は生徒数が減ってきており、学校が小さくなったり合併したりしているような状況です。
 
医療現場においてだけではなく、産業界全体で人が少なくても仕事ができるようにしようという流れになってきています。我々も少ない人数で回せるように、そして少ない人数でも皆が元気で長く働けるように、健康経営の取り組みを推進していかなければならないと考えています。
 
ー医療法人が優良法人認定を目指す必要性はあるとお考えですか?
 
神野様:医療法人が優良法人認定を目指す意義としては、外部へのアピールという側面もありますが、それよりもインナーブランディングの効果が大きいと考えています。当院に勤める職員が「うちの病院は世間的にも認められている病院なんだ」と感じてもらうことには大きな意味があると思っています。実際に働く上での安心感にも繋がりますし、経営陣が職員のことをしっかり考えて病院運営を行ってくれているというメッセージにもなると考えています。現状では採用面においてはあまり効果が出ている実感が得られていないのですが、将来的には採用面でも大きなメリットになるのではないかと考えています。
 

 
ーこれから健康経営に取り組もうとしている病院へメッセージをお願いします。
 
神野様:生産年齢人口が減少していくなかで、病院も人手不足に陥る可能性は非常に高いです。そのため、今いる職員に長く健康に働いてもらうことが重要で、病院が健康経営を推進することは大きな意味があります。また、病院は本来、健康管理が本業のはずです。実際に企業の健康診断も実施しており、看護師だけではなく、複数の保健師も在籍しています。そのような意味でもリソースがたくさんあるはずなので、それを使わない手はないと思います。
 
その一方で、健康経営はすぐに効果が出るものではありません。そのため、これから健康経営に取り組もうとしている病院の皆さんには、できるだけ早くアクションを起こしてほしいと考えております。実際に医療業界だけでなく、産業界でも人手不足の危機を乗り越えるために、すでに多くの取り組みが始まっています。当たり前のことですが、健康経営への取り組みは早ければ早いほど、効果が出始めるのも早いです。つまり、健康経営は病院における喫緊の課題として取り組みを進めていく必要があります。ぜひ前向きに、そしてスピーディに健康経営に取り組んでいただければと考えています。