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いかに短い時間で効率良く生産性を上げるのか。正しいワーク・ライフ・バランスを成し遂げるポイントとは



仕事と生活を調和させて、互いにシナジー(相乗効果)を発揮する「ワーク・ライフ・バランス」。2018年に公布された働き方改革関連法の影響もあり、広く浸透したうえに良い人材を集める意味でも経営者には欠かせない考え方になっています。

しかし「その言葉を間違って解釈・実行している企業も少なくありません。健康経営にも大きく影響します」と株式会社ワーク・ライフバランス〈以下、(株)ワーク・ライフバランス〉の大塚万紀子さんは忠告します。

健康経営を意識する企業は必ず実践したい、「正しいワーク・ライフ・バランスの実装法」を教えていただきました。





ただの労働時間短縮ではない

―大塚さんと、代表取締役社長の小室淑恵さんが立ち上げた(株)ワーク・ライフバランスは、創業から17年目と伺っています。この間に、クライアントである経営者の方々の意識は変わってきましたか


大塚:変わりましたね。たとえば、立ち上げ当初は「女性の育児休業者が職場復帰してくれない。どうすればいいか?」といったご相談がほとんどでした。2000年代前半というと、まだ「働くこと」と「子育て」がどちらかを選ばざるを得ない状況が強かったからです。

一方で、当時は人口のボリュームゾーンの1つである団塊ジュニア世代(1971年~1975年の間に生まれた200万人ほどの人口の塊)が30代で出産・子育てのタイミング。産休や育休を整備して、かつその女性社員たちに戻ってきてもらえるため、時短勤務を取り入れ整備するニーズが高かったのです。



―17年経った今、団塊ジュニア世代は40代後半から50代前半。少子高齢化は進み、人手不足が深刻さを増しています。

大塚:おっしゃるとおりです。そのため、ワーク・ライフ・バランスの必要性がより高まりました。今は日本の人口において生産年齢人口の比率がぐっと下がることで、社会保障費などがかさみ経済成長を阻害する人口オーナス期*。「とにかく老若男女問わず、すべての方に能力を発揮してほしい」と切実に感じている経営者の方が多いと思います。

*人口オーナス期:人口構成の変化が経済にとってマイナスに作用する状態

いろいろな方に働いていただくためには、かつてのような長時間労働で縛るようなワークスタイルは適しません。子育て中でも、介護中でも、それぞれのライフスタイルにあわせて働き方・生き方が選べるような会社でなければ、従業員の方々に選ばれないようになっています。

ところが残念なことに「ワーク・ライフ・バランスって、ゆるく働いてプライベートを充実させるための仕組みだろう」といった認識の経営者の方もいらっしゃいます。でも、そんな甘いものではありません。これは、「これまで以上に高い生産性を出し、企業が生き残るための、厳しいチャレンジ」でもあるのです。

―どういうことでしょうか?

大塚:まず、今はVUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代と言われるように、変化が激しい時代です。業界に限らず従来型のビジネスモデルや、過去の成功体験が通用しなくなっています。まったく新しい柔軟な発想やサービスを生み出さなければ、この変わり目に追いつけません。

VUCAの時代を乗り切るには、まず仕事は効率的に短期間でアウトプットを出して成果をあげてもらう必要があります。そのうえで仕事を離れる時間を存分にとって、遊びや人脈づくりやスキルアップに使い、仕事に活かせる新たなインプットにあててもらう。

つまり、一人ひとりに豊かな生活がないと、多様な学びの時間が持てず、ひいては変化が激しく厳しい現代のビジネス環境では成果も出せないというわけです。



従業員の睡眠とメンタルヘルスを整えることが、生産性向上につながる
―ワーク・ライフ・バランスと健康経営はどこがつながっているのでしょう?

大塚:睡眠とメンタルヘルスです。

まずは睡眠の話からいきましょうか。人の集中力が持つのは、慶応義塾大学の島津明人教授の研究によると、「朝、目覚めてから13時間以内」だと言われています。仮に朝6時に起きたとしたら、夜7時までしか集中力は持たないわけです。

では13時間以降はどうなるかといえば、島津教授は「酒気帯び運転と同じくらいに、集中力が保てなくなる」と指摘しています。お酒を飲んでいないのに酔ったような状態になるのです。

―まさに健康経営で言う「プレゼンティーズム(心身の不調を抱えながら業務を行っている状態)」ですね。

大塚:そのとおりです。朝6時くらいに起きた人に、夜7時や8時まで残業を強いるのは、むしろ生産性を下げる行為になります。さらにミスも増えて、リスクが高まります。

―なるほど。一方のメンタルヘルスは?

大塚:これもトリガーとなるのは睡眠です。長時間労働によって管理職の睡眠時間が減ると、パワハラが増えるという研究があります。睡眠不足になると、脳の扁桃体と呼ばれる部分が活性化すると言われています。扁桃体は怒りの発生源になる脳の部位。そのため、睡眠不足によってイライラが増え、攻撃性が高まり、パワハラを起こしやすい状況が生まれるわけです。

―睡眠不足をトリガーに生じたパワハラによって、その部下の方などがメンタルをやられてしまうことが考えられますね。

大塚:はい。従業員の方の長時間労働を是正しながら「管理職は別」と相変わらず長時間労働を強いる経営者の方も中にはいらっしゃいます。でもそれでは上司から部下の方へと、そのままストレスが落ちていくことになり、退職者を増やすことになりかねません。経営的にはマイナス面しかないのです。

―ただ、実際にこれをどのように実行していくか、難しいようにも思えます。

大塚:そうですね。とくに経営者の方にしてみたら「40年間、このやり方で経営してきたから、変えるのが怖い」とか「『早く帰れ!』などと私が突然言い始めたら、むしろそれがパワハラに聞こえるのでではないか」といろいろなご意見もあると思います。そこで業界や規模の大小を問わず、ワーク・ライフ・バランスを実装する際に大切な3つのポイントを絞ってお伝えします。



ワーク・ライフ・バランスを成すために必要な3つのポイント

大塚:1つめのポイントは、「言行一致で経営者のあなたから当事者意識を持って実現すること」です。

ワーク・ライフ・バランスの意義と狙いを理解していただいたうえで、「だから弊社も実現する」と公言する。また実際に、従業員に「やらせる」だけではなく自分から定時退社して、仕事時間以外を有意義な時間の使い方を実践して、仕事にフィードバックしてみせるのです。

ありがちなのが、経営者が「残業禁止だ!」と言いながら、自分は定時過ぎまで仕事をしていたり、あるいは休日に部下にメールすること。「あなたの立ち居振る舞いは常に部下に見られていますよ」と自覚していただきたいですね。

―言い出した人が手本になる、ということですね。

大塚:はい。経営者の方こそ「当事者」だと思っていただくことが、実践できるかのポイントになります。裏を返せば、影響力が強いのが利点。私はよく「その影響力をワーク・ライフ・バランスの浸透に使っていただけませんか」とお伝えします。

―2つめのポイントは?

大塚:明確な「数字、データを意識的に使う」ことです。

たとえば、先述したような「起床後13時間までしか人は集中力が続かない」といった話。あるいは、「今は24時間型の介護施設に入りたくても入れない待機高齢者と言われる方々が27万人以上いて、家族が介護せざるを得ない状況が多々ある」といった話。

ワーク・ライフ・バランスについての施策を企画したり、声がけをするときは、こうした数字を含めたデータを提示してほしいのです。「働き方改革のような法的な制約があるから」というだけでふわっと推し進めると、どうしても自分ごと化しにくい。それは経営者ご自身もそうだし、指示された従業員にとっても同じです。しかし、数字を伴うエビデンスがあると、ぐっと危機感が増し、自分ごととして響きやすくなりますからね。

―確かにそうですね。3つめは?

大塚:「成果が出ない時期もやり続ける」ことです。

チームビルディングには有名なタックマンモデルというものがあり、新たな取組をすると、①「形成期」→②「混乱期」→③「統一期」→④「機能期」→⑤「散会期」の5つの段階で進むとされています。

焦点は②の「混乱期」。変化に対して人や組織は必ず、戸惑い、反発し、混乱するタイミングがあります。ただし、それは変化のための正しい道を歩いているともいえます。その先に必ず、組織がひとつになる統一期、そしてうまくは回り始める機能期が来る。混乱期で諦めてしまうとチーム・組織が一丸となって取り組むところまでたどり着きません。対話の量と質に着目して、成果が出なくても模索してみることが重要です。



―経営者はまずその3つを肝に、ワーク・ライフ・バランスの実現を目指すのが良さそうですね。管理職はどうしたらいいのでしょうか。

大塚:管理職の役割はとても大きいです。経営陣の狙いを従業員の皆さんに伝え、また、従業員の意見もしっかりと上げる必要がある。両面から挟まれるのは管理職の定石ともいえますが、特に働き方を変える施策を実施することは、「過去の自分を否定する」ように取られるきらいもあります。

だからこそ、経営者は管理職としっかりと寄り添って、一緒に進めていく覚悟が不可欠です。「私に何かできることがないか」と管理職の方々に寄り添うコミュニケーションは絶対で、しかも単発ではなく続けていってほしい。

加えて、明確な評価基準も用意する必要があります。労働時間だけ、あるいは成果だけで従業員を評価するのではなく「成果に対してどれだけの時間を投入したか」までを評価シートにきっちと加えるようにするのです。

―短期間で大きな成果をあげたほうを評価するわけですね。

大塚:そうですね。またそうした時間辺りの生産性が高い部下を持つ管理職を評価する。有給取得や残業時間の短縮も含めてレポーティングして評価する仕組みを作っていくのがベストですね。

―単にアナウンスするだけではなく、トップから有言実行し、評価システムまで変えて、結果が出るまで実行し続ける――。本当に健康経営と重なる部分がありますね。

大塚:ええ。単に「パソコンは17時にはシャットダウンを!」というだけでは成し得ません。繰り返しになりますが経営者の方々には、ぜひ、ご自身の強い影響力を発揮して、成し遂げていただきたいですね。




【プロフィール】


株式会社ワーク・ライフバランス
創業メンバー・パートナーコンサルタント
大塚万紀子(おおつか・まきこ)さん


中央大学大学院法学研究科を卒業後、楽天グループ株式会社に入社し営業開発部で新人賞、法務部でMVP賞を受賞。2006年に小室淑恵さんと共に株式会社ワーク・ライフバランスを創業。自らのマネジメントスタイル変革の経験に加え、高度なコーチングスキル、コミュニケーションスキルを活かして様々な働き方改革を効果的に遂行している。農林水産省食品産業戦略会議委員(2018年度)、神奈川県地方創生推進会議評価部会委員(現職)のほか、財団法人生涯学習開発財団認定コーチでもある。


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