ワークライフバランス実現がもたらす企業の未来。健康経営を実践すべきメリットと意義とは
【リード】
2024年4月1日、働き方関連法の改正で、物流業界や建設業界、医療業界においても長時間労働が制限されるようになりました。JC会員の方々にとっても、売上・利益を圧迫し、経営を見直さざるをえない大きな潮目の変化になっています。もっとも、ワークライフバランスや、健康経営の推進においては「むしろ好機」と健康経営研究会理事長の岡田邦夫さんは言います。日本青年会議所2024年度・第73代会頭の小西毅さんとともに、ワークライフバランス推進の真の意義を探りました。
※「健康経営®」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標です。
短時間労働と長時間労働、どちらが経営を圧迫するか
―2024年問題と言われるように、働き方改革関連法の施行で物流、建設、医療などの業界においても長時間労働が制限されるようになりました。中小企業の経営者が多いJC会員の方々は今、どのような課題に直面されているのでしょうか?
小西 大前提として、労働環境が改善されるのはいいことであり、推進すべき。そう理解している経営者の方がほとんどだと思います。ただ今回の「長時間労働の是正」によって、危機感を抱いている方も同じくらい多いのが現実です。
単純に一人の労働量が減るとしたら、これまでと同じ仕事量で売上を上げるためには人を増やすしかありません。全体の賃金があがります。それでは間違いなく売上・利益を圧迫してしまいますからね。
―特に物流産業や建設産業は、多重下請け構造もあります。その中で賃料を上げるのは確かに厳しい面がありそうです。
小西 そうですね。これまでどおり業務を遂行するためには、発注者への価格交渉などをせざるを得なくなります。「どう交渉すればいいのか」「断られたらどうすれば」という悩みはよく聞きます。
日本全体の景気が本当に良好ならばいいでしょうが、すべての産業が儲かっているわけではありませんからね。
一方で岡田先生には、健康経営の視点から見るとこの働き方改革関連法の施行はどのように捉えられるのかを伺いたいです。
岡田 健康経営から見ると、長時間労働を是正しないままで放置することで、長期的には大きな損失を企業、従業員に与える事になり、企業にとって経営・利益を大きく圧迫することになるとも考えられます。
そもそも今回の法改正の狙いにも重なりますが、少子高齢化が進む日本を象徴するように、物流や建設産業は顕著に人材の高齢化と人手不足が進んでいます。特に物流産業は、宅配事業の拡大や熾烈な競争もあいまって、厳しい条件でたくさんの荷物を素早く、大量に運ばざるを得ない状況が続いています。
問題はこうした過酷な労働条件によって「労働災害」を引き起こす可能性が高まることです。長時間労働になれば体力を削られ、事故などのリスクも出てくる。メンタルの問題が生じる可能性もあります。
そうなれば企業の負担は増えるし、さらに人員が足りなくなる。しかし補充したくても、「長時間労働を課せられて労災があふれている会社」というレッテルが貼られたら、ただでさえ人手不足な今の時代に雇用の確保は難しいでしょう。
―それこそ経営を大きく圧迫するわけですね。
岡田 帝国データバンクの調査によると、2023年度の人手不足倒産は、313件と過去最多で、建設業と物流業の2業種で全体の44%を占めているとの報告です。つまり、長時間労働の是正は、従業員の健康のために必要な制度です。それが企業未来のための策でもあるわけです。
小西 とてもよくわかります。現に従業員の幸せを考えるべき、という意識はJC会員の中にも根づき始めています。ウェルビーイングやワークライフバランスの浸透についても、もう10年近く取り組んでいますからね。経営者としては、健康経営は従業員のウェルビーイングのために不可欠であり、結果として企業の売上・利益に貢献するのだと意識して行動することが肝要なのでしょうね。
岡田 そうですね、健康経営はトップの考え方や行動から始まるといっても過言ではりませんからね。また、現在雇用している社員の方々だけではなく、これから入社してくる社員にとっても健康経営はとてもポジティブに響きます。大学で接している若い世代は、健康経営に関心が高いと感じます。「健康経営優良法人」に認定されることは、これからの優れた人材を獲得するうえでも大切な「人的資本価値」の向上につながると確信しています。
健康経営優良法人を取得する大きなメリット
―あらためて「健康経営とは何か?」について教えていただけますか。
岡田 繰り返しになりますが、少子高齢化は、我が国経済において、長く大きな課題です。就労人口が減れば、他国との競争力が下がります。医療費が増えて社会保障費が増えれば、企業の負担額も増えますし、労災事故が増えても同様に負担になります。
小西 2025年問題はまさにそれですね。2025年に国民の4人に1人が後期高齢者(75 歳)になり、雇用、医療、福祉といったあらゆる領域で、無理が出てくると予想されています。
岡田 そこで、こうした課題の解決策として、国が策定したのが健康経営です。特徴の一つは「経営者に対するインセンティブ」という考え方があることです。
日本経済にメリットがあるだけではなく、企業価値を上げて良い人材を集めるなど、健康経営を推進する企業に直接のメリットも多々あります。それを理解していただいたうえで、しっかり推進してもらおうというわけです。
また、健康経営の推進は我々のような医療従事者ではなく、経営者じゃないと推進できない、という理由もあります。
たとえば、健康経営の推進につながる「健康診断」という制度がすでにあります。労働安全衛生法という法律に基づいて、日本の企業が従業員向けに健康診断を実施しないと50万円以下の罰金刑が課せられます。それくらい従業員の健康に気を使うべきという方針は以前からあるのです。
そこで我々のような医師が健診を実施し、「血液検査の結果が芳しくないので、再検査を受けるべき」「生活習慣を変えたほうがいい」といったアドバイスはできますが、実際に再検査を強力に進めたり、生活習慣の変容にまで介入はできません。
小西 経営者が強く促せば再検査などを行かざるを得なくなるということですね。
岡田 しかし、この費用をより企業価値創造に生かすためには、事後措置、を如何に実施するか、が重要です。そのための投資は経営戦略としてトップダウンで行うべきものだろうと思います。これらの対応は医療職にはできず、経営者の決議事項です。とくに中小企業の経営者のほうが、トップダウンでやりやすいのではないでしょうか。
―経営者がトップダウンで健康経営を進めるうえでも、「健康経営優良法人認定制度」の取得を目指すことは、いい旗印になりそうです。
岡田 そうですね。健康経営優良法人には、大企業向けの「ホワイト500」と中小企業向けの「ブライト500」という認定制度があります。
取得するためには認定要件があり、「健診・検診等の活用・推進」や「ヘルスリテラシーの向上」といった項目を満たす必要があります。また、最初にお話した「ワークライフバランスの推進」もその中の一つとして、満たすべき要件になっているんです。ワークライフバランスにつながる長時間労働の是正は、健康経営優良法人に一歩、近づくことでもあるんですよ。
小西 なるほど。健康経営優良法人の認定を受けることで、良い人材の獲得やイメージ向上、ひいては売上・利益につながるのはわかりました。それ以外に、具体的なメリットはあるのでしょうか?
岡田 日本政策投資銀行の融資に関する利率が低くなる、海外からの労働者の雇用に関する書類審査が簡略化される、公共事業の入札の際に加点制度がある……といった具合です。しかも、こうしたメリットは増え続けています。日本社会全体が一丸となって、健康経営を後押ししている機運を感じますね。
経営者が率先してワークライフバランスを進めるためのポイント
―では、トップが率先して健康経営を、ワークライフバランスを推進していくためのファーストステップとしては、どのような手立てがいいのでしょうか。
岡田 「先ず隗より始めよ」でしょうね。言い出しっぺである経営者が自ら、ワークライフバランスを実践して、健康な生活、心身を従業員の方に見せるのです。
かつてある町の300人以下の企業にアンケートをとったところ、経営者の健康に対するリテラシーが高い企業の従業員は「健康づくりは大切だ」と答えていました。しかし、健康意識とリテラシーが低い経営者がいる従業員は「健康づくりを必要だと思わない」が圧倒的でした。
小西 JCでも、私を含めてランニングやジム通いなど、健康に気をつけているメンバーは多い。その背中を見せることは大切なのかもしれません。
岡田 そうですね。さらに睡眠時間の大切さも伝えてほしいですね。健康経営度調査結果に基づく健康経営の調査論文でも、「喫煙」と「飲酒」、そして「睡眠」の3つが企業利益を大きく左右する要因であると発表されました。
アメリカとの比較がわかりやすいのですが、労働時間に関しては日本とアメリカは、ヨーロッパなどと比べるとどちらも長時間労働の国です。しかし、日本の労働生産性はアメリカの60%しかないんですね。
何が違うと思いますか?
小西 睡眠時間ですか。
岡田 その通りです。1日の睡眠時間がアメリカは日本より約90分多い。睡眠時間をたっぷり取るから、リフレッシュして翌日、バリバリと働ける。日本と同じ時間でも、より生産性の高い労働ができるのです。
小西 なるほど、しっかりと睡眠時間を確保できれば、労働時間が短くても高いレベルの仕事ができる。ワークライフバランスを満たしたうえで、これまでどおり、あるいはそれ以上の成果を出せるかもしれませんね。
岡田 だからこそ、トップ、そして中間管理職を含めたマネジメント層からワークライフバランスを実現して、質の高い眠りを取ることの見本を見せられるといいですね。
睡眠をしっかり取るとストレスも減り、コミュニケーションも円滑になるかもしれません。社内の心理的安全性が高まり、さらに働きやすい環境ができる。ストレスなく健康的な仕事ができるはずです。
小西 こうして健康経営を推進していけば、欧米に劣らぬ健康でウェルビーイングな状態のまま、労働生産性を高められる。国際競争力が再び高まるかもしれないわけですね。
岡田 本当にそう思います。ぜひ、JCのみなさんも、しっかり休んで、そして、睡眠時間を確保してください。(笑)。
【プロフィール】
特定非営利活動法人健康経営研究会
理事長
岡田邦夫(おかだ・くにお)
大阪市立大学(現大阪公立大学)大学院医学部研究科修了。大阪ガス統括産業医等を歴任。現在、経済産業省健康・医療新産業協議会健康投資WG委員、健康長寿産業連合会理事、大阪府医師会健康スポーツ医学委員会委員長、女子栄養大学大学院客員教授として活動中。著書に『健康経営推進ガイドブック』(経団連出版)などがある。
公益社団法人日本青年会議所
2024 年度会頭
小西毅(こにし・たけし)
大阪A&M法律事務所代表弁護士。
公益社団法人日本青年会議所 第73代 会頭 小西 毅(こにし・たけし) 大阪A&M法律事務所代表弁護士。 京都大学を卒業後、関西学院大学法科大学院修了。最高裁判所司法研修所入所、北浜法律事務所・外国法共 同事業入所、大阪 A&M 法律事務所共同代表就任。2024 年度第73 代会頭を務める。