日本の新しい未来を作るために――中小企業こそが健康経営のリーダーに
「健康経営」という言葉が浸透しているように感じられる昨今ですが、これからの日本の経済や働く人たちの未来を作るのに欠かせない、大きな意義がまだ伝わっていない面もあります。そこで、健康経営が企業にとっていかに必要なのかを、健康経営研究会理事長の岡田邦夫さんと日本青年会議所の副会頭・酒井光博さんのお二方に語っていただきました。健康経営にさらに踏み込みたくなる、熱量あふれる対談となりました。
※「健康経営®」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標です。
日本の最も大きな課題を解決するため
―日本青年会議所(以下、JC)は2020年から健康経営の推進に取り組まれています。この3年で会員のみなさまの意識は変わってきましたか?
酒井 JC会員のみならず日本全体に、健康経営の言葉が浸透し始めたのは感じますね。大塚製薬さんとの共創で健康経営に関するセミナーをはじめ、個々の企業ごとの取り組みや、朝食摂取における勉強会、熱中症対策などを実施していますし、「健康経営優良法人」認定を目指している会員も日に日に増えています。
一方で「本当に腑に落ちているか」というと、JCの中でも温度差がある気がします。「健康経営を実践することで、どんな利益があるのか」まで見えていない方も多いのかなと。
―では、健康経営の生みの親の一人でもある岡田先生に、「健康経営」がスタートした背景と狙いをあらためて教えていただけますか?
岡田 ことのはじまりは1995年です。この年、高齢社会対策基本法が定められ、今後急速に進展していく我が国の高齢化に対して総合的な対策を施すことが決まりました。
そして翌年には厚生省と労働省(現厚生労働省)、そして通産省(現経済産業省)の3省庁がそれぞれ委員会が設置され、その委員として、参画する機会を得ました。
このとき3省庁それぞれが高齢社会が我が国に及ぼす課題を明確にしたのです。
―どのような課題が明示されたのでしょうか?
岡田 まず厚生省は、高齢者が増え続けると「医療費が増えて社会保障が崩壊するのではないか」との課題を提示しました。その結果、2001年から健康保険の被用者本人負担が1割となり、2002年には2割、2006年から3割になっています。
労働省が指摘したのは、高齢化で「労働生産性」に対するリスクでした。企業にとっても日本経済にとっても直接的なダメージを与えます。
そして通産省は生産人口が減少し、健康問題を抱える労働者の増加によって、我が国の産業が「競争力を無くしていく」ことへの危惧がありました。
酒井 30年近く前から、少子高齢化が日本経済の停滞を及ぼすと警鐘がならされていたわけですね。
岡田 こうした課題の解決策として生まれたのが「健康経営」だったのです。
たとえばアメリカでは、ウェルネスやウェルビーイングを尊ぶ「ヘルシーカンパニー」と名付けられた、健康な従業員こそが収益性の高い会社を作るという考え方がすでに広まっていました。
しかし、社員を経営者の都合で簡単に解雇できる彼の国では、健康を害した社員をやめさせればヘルシーカンパニーができあがる。単純に同じ方向性をなぞることは、不当な解雇に厳しい日本ではできません。
そこで長く元気に楽しく働き続けてほしいという願いを込めて、心身の健康に配慮する「健康経営(経営管理と健康管理を経営戦略として実践すること)」としました。そして2006年にNPO法人として健康経営研究会を立ち上げたのです。
―最近、注目されている「人的資本価値」の考え方も、健康経営の思想と近く感じます。
岡田 そうですね。そもそも資源が少ない我が国は、人にこそ資本的な価値を見出す必要があります。
人材を企業価値の源泉として考える人的資本価値を推進するためには、企業の健康経営が欠かせません。企業が持続的に成長するためには、従業員が一番大きな力になるわけです。
酒井 経営戦略として、売上利益を出す事業として従業員の方々の健康を促進していく。人材を資本と考えて経営するのは、本当に大切だと感じますね。
岡田 さらに言及すると、これまで大切な従業員は大切な資本であり、健康にも十分投資しながら、多くの経営者がそのリターンにまで目を向けていない現実もありました。
―それはどういうことでしょうか?
岡田 従業員に対する健康診断をほとんどの企業が実施していますよね。しかし、アウトカムに対しては重視していない。たとえば「血圧が200を超えていた」と結果が出ているのに、再検査を促すまでにはいたらず、個人の意思任せの会社が実に多い。
健診だけではありません。「従業員数が50人超えたら産業医を選任すること」「ストレスチェックを実施すること」と、健康に関する膨大な投資をかけているのに「言われたことをやっただけ」の状態で、本来の目的を果たしていないケースが多々ありました。
結果としてメンタルヘルス不調をきたして自死に至り、莫大な損害賠償請求を求められ、企業ブランドの毀損につながる例も少なくありません。ひどい話なうえ、経営戦略としてあまりにずさんです。
酒井 おっしゃるとおりですね。とくに先輩世代になると、健康に気を配るよりも、がむしゃらにがんばるという意識が強かった面はありそうです。
ただ、僕らのような40歳手前の世代は健康経営にしても人的資本価値にしても以前より敏感だと思います。さらにZ世代と言われるような若い人たちとなると、健康経営やウェルビーイングの意識がない会社を見向きもしない傾向すらありますからね。
―確かに、時を経て健康経営への理解度というか、重視する傾向が高まってきた、とも言えそうですね。
岡田 はい。実のところ2006年に我々がNPOを立ち上げた頃は、「健康経営? そんなもの必要あるか?」とセミナー後のアンケートの結果はさんざんなものでした。
しかし、企業の人手不足が顕在化してきた2013年あたりから潮目が変わりました。危機感に変わったのです。
実際、2014年の「『日本再興戦略』改訂2014-未来への挑戦」において、経営者に対するインセンティブとして、優れた企業が社会で評価される枠組みとして、健康経営銘柄(仮称)の提言がなされました。
―健康経営の配慮に欠ける企業、社員を大切にしない企業には人が集まらなくなったのでしょうか。
岡田 離職率に顕著に表れています。日本の企業の離職率は約10%ですが、健康経営に取り組む上場企業を認定した「健康経営銘柄」の企業の離職率は約2.5%。「健康経営優良法人」に認定された企業でも約5%と、離職率が低いのです。
(経済産業省 ヘルスケア産業課 令和4年6月 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeiei_gaiyo.pdf )
「健康経営」は日本の新しい未来を作る起爆剤になる
―酒井さんは、石川県の能登でご自身の会社経営もされています。地方都市ではなお人材の課題は大きいのではないでしょうか?
酒井 そうですね。ただ最近は、「地方だからこそ」「中小企業だからこそ」の意義も感じているんですよ。
健康経営や人的資本価値を意識した経営は、首都圏や大都市では珍しくない。しかし、地方の中小企業はまだこれから。だからこそ、今から実現させて広くPRする甲斐があります。
加えて、青年会議所のメンバーは全国各地の中小企業経営者が多く、小回りもききます。自治体などともつながりやすい。市町村や都道府県を巻き込み、「健康経営都市」や「ウェルビーイングシティ」を推進できるポテンシャルがあると考えていて、現に動き始めているメンバーもいます。
岡田 すばらしいですね。2022年度は健康経営優良法人制度に申請した法人数は約1万7000社にまでなりました。しかし、日本にはそもそも357万社以上の中小企業があり、全企業のうち99.7%を占めます。日本再興は、全国各地にある青年会議所が経営していらっしゃるような中小企業の方々の手にかかっています。
―健康経営がその起爆剤になるわけですね。
岡田 アメリカのギャラップ社が2022年に企業と社員のエンゲージメントについて調査したデータによると、アメリカでは熱意あふれる社員の割合が35%で、日本は他国に比べても最下位に近い5%という結果でした。
しかし健康経営に力を入れて、社員の心身の健康を促し、楽しく働き、生活できる環境を提供していけば、この数字は変わる。健康経営に尽力した企業の離職率が低くなったように、熱意あふれる社員がアメリカ並に増えていくと考えられます。
また健康経営と連動して、あらゆるヘルスケアビジネスも成長していくはずです。超高齢化を背景に世界に類を見ない形で、新たなマーケットの創出ができる。それはこれから同じように少子高齢化が進むと予測されている中国や韓国、東南アジア諸国に向けた、未来の輸出産業を生み出すことにもつながります。
そこまで見据えているからこそ、行政も経済界も政府も、一丸となって健康経営を推し進めている。中小企業を含めたすべての会社、また従業員の方々の健康と幸せを本気で願っているのです。
―そう考えると青年会議所が担う役割は本当に大きいですね。
酒井 そうした俯瞰的な視点や本質を経営者である我々が理解する。また従業員のみんなにも理解してもらうことが大切なのかなと思いますね。
トップが「健康経営だ!」「ウェルビーイングだ!」と声高に叫ぶだけではなく、5年後、10年後の自分たちの地域が、日本が、世の中がよくなっていくと理解してもらうのが大切かなと感じました。
岡田 健康経営はトップダウンで始まりますが、最終目標はボトムアップです。あらゆる現場の従業員が健康リテラシーを高く、働きがいをもって楽しく仕事にあたれる。それが真の健康を呼び込み、また企業の業績を上げて、地域をよくする。
つまり健康経営は、私たち医師にはできないこと。経営者の方々しかできないことでもあるんですよ。
【プロフィール】
特定非営利活動法人健康経営研究会
理事長
岡田邦夫(おかだ・くにお)
大阪市立大学大学院医学部研究科修了。大阪ガス統括産業医、大阪市立大学(現大阪公立大学)医学部臨床教授等を歴任。現在、経済産業省健康・医療新産業協議会健康投資WG委員、健康長寿産業連合会理事、大阪府医師会健康スポーツ医学委員会委員長、女子栄養大学大学院客員教授などを務める。著書に「『健康経営』推進ガイドブック」(経団連出版)などがある。
公益社団法人日本青年会議所
2023年度副会頭
酒井光博(さかい・みつひろ)
株式会社能登風土代表取締役。2014年、七尾青年会議所に。18年七尾青年会議所理事長、ブロック顧問、2021年石川ブロック協議会会長に。2022年日本共創グループ担当常任理事を経て、23年現職。