【健康社長 特別対談/後編】収益に繋がる健康経営®とKPI設定のヒント 日本青年会議所会頭・野並晃氏×レオス・キャピタルワークス 藤野英人氏
「企業が積極的に従業員の健康をサポートする健康経営は企業の成長に直結し、日本経済を活性化する起点にまでなる」と断言するのは、ひふみ投信で知られるレオス・キャピタルワークスの創業者で、「健康経営銘柄」選定のワーキンググループのメンバーでもある藤野英人さん(写真右)。
では具体的に何をどうすれば健康経営優良企業になれるのか。健康経営を実装するための勘どころとは?
日本青年会議所の会頭で、シウマイ弁当で知られる崎陽軒専務、野並晃氏(写真左)とストレートに意見を交わす対談の後編です。
※前編はこちら
コロナ禍で増す、健康経営の価値
野並 新型コロナウイルスの感染拡大は、健康経営の重要性を浮き彫りにした大きな出来事だったと思います。あらゆる企業が従業員やパートナーの安全と仕事を確保するため、いかに適切にスピーディに対応するかを問われました。藤野さんはどう捉えていますか?
藤野 投資家目線で興味深かったことがあります。昨年の緊急事態宣言後、健康経営にまじめに取り組んでいる企業ほどリモートワークへの切り替えが瞬時にできたことです。
野並 お客さま第一につながる従業員を大切にする姿勢があったから、でしょうか?
藤野 はい。加えて健康経営に積極的な企業はIT投資に積極的な企業で、リモートワークに適したPC環境や体制作りをすでに積極的に実施していました。だからオンラインへの移行がスムーズだった。前編で述べた「お客さま第一」「長期的視点」「データ主義」という健康経営の3要件が、BCP(事業継続計画/注1)と密接に関係していたわけです。
注1)BCP:企業が自然災害などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと
野並 長期的な視点で経営をしているからこそ、ITを含めた未来への投資意識が高かったということでしょうか。
日本青年会議所会頭の野並晃氏(写真左)、レオス・キャピタルワークスの藤野英人氏(写真右)
藤野 そうです。逆に健康経営に後ろ向きな企業ほどリモートワークへの移行は遅かった。「セキュリティの関係でリモートはできない」「想定外の事態が起きた、対応を検討中だ」とか。それはリスクをとって未来へ投資する姿勢がそもそもない証拠。こうした昭和的な価値観の企業は「企業至上主義」「短期的視点」「カンと根性での経営」という過去の悪しき3要件に固執している証左です。
野並 IT投資やデータ重視といった手法に抵抗も少ない若い世代の経営を担う人が、健康経営の舵をきることが重要に感じられますね。
藤野 健康やウェルビーイングの意識も野並さんのような世代のほうが明らかに強い。そこも重要です。新聞などで半生を振り返った連載を読むと、60~70代くらいの経営者たちは最終回で必ず「仕事ばかりの私のかわりに子どもたちをみてくれた妻に感謝している」みたいな文言で締められますよね。
野並 多いです(笑)。家庭や健康をかえりみず、仕事に打ち込んできた方々が目立つ。
藤野 昭和時代はそれで良かったんです。ただここをアップデートしていかないと。実際、野並さんの世代は意識が違うはずです。仕事だけではなく、家族や健康が人生において大切なことに腹落ちしている人は多いのではないでしょうか?
野並 あきらかに意識は高いと感じます。一方で、実際に健康経営を実践しようとしたとき「上を説得するためにわかりやすい材料が見えづらい」「何をKPIに設定するのか」。そんな悩みを持つ人も多いなとも感じています。
藤野 確かに健康経営でKPIを定めるのは簡単ではありません。ただ経営陣の説得材料として、ひとつ参考にしてほしい例があります。以前私がいたゴールドマン・サックスのハラスメント対策です。
収益主義ほど、ハラスメントに厳格になる
野並 ハラスメント対策ですか?
藤野 はい。アメリカの金融企業であるゴールドマン・サックスは、セクハラやパワハラに極めて厳しい。例えば、NYにある「セクハラ・パワハラ相談所」に連絡が入ったら、すぐ調査が入ります。調査をしてハラスメントが認定された即刻クビです。たとえその人が支店長だろうが、その部門の収益の1/4をあげているエースだろうが、引き継ぎもないまま、突然クビにする。
野並 厳格ですね。その理由は?
藤野 完全なる「収益主義」だからです。ゴールドマン・サックスは世界で最も収益主義企業のひとつ。だからこそ「人権主義」なんです。なぜならば人種も性別も宗教も何も問わず、稼いだ人間こそが一番偉い。企業の価値観が徹底して一貫しているので、稼ぐ人間を不当に排除するかもしれないハラスメントは徹底的に潰す必要があるわけです。
野並 なるほど。差別なく思い切り働く環境が守られれば、社員のロイヤルティ(帰属意識)も高まりますね。健康経営も従業員の健康を守ることで、収益に直結させる経営の形であり、価値あることだと経営陣に認知させ、共有する必要があるのかもしれないですね。
藤野 そう思います。また「社員のロイヤルティ」とおっしゃいましたが、まさにそれが日本企業の競争力の低さと繋がっているんです。
エデルマン・ジャパンの調査によると、「自分が働く会社を信頼しているか」という質問に対して、日本は59%の人が「どちらでもない」と答えた。しかし、アメリカは80%、中国は86%の人がイエスと答えている。この差は、そのまま現在の国力の差と比例し、研修費や設備投資費といった従業員への投資額にも比例しています。
野並 研修なども本当にそうですね。
藤野 「社員への投資はしない。けれど、がんばって働け!」ではロイヤルティが高まるはずがありません。健康経営を含めて日本の企業は積極的に社員への投資をしなければ、競争力は下がるばかりだと考えます。
「崎陽軒」で最も歩いていないのは誰か
藤野 一方のKPIでいうと、まずは社員の健康に関する「歩数」データをとることからはじめるといいですよ。
野並 従業員が1日どれくらい歩くか、ですね。
藤野 はい。業績が伸び悩んでいたあるメーカーが「何か策を…」と考え、健康経営を実践したんです。そのメーカーが行ったのは、本社と工場勤務の全従業員に歩数計を配り、歩数を計測しました。すると驚いたことに東京の本社勤務の事務職、営業職のほうが歩数が多く健康だった。
野並 地方の工場勤務の社員は歩数が少なく、健康状態も悪かった?
藤野 そのとおりです。崎陽軒の専務である野並さんならよくご存知でしょうが、工場の製造現場は「いかに無駄な動きをしないで済むか」が徹底された動線設計となっています。
野並 生産性をあげるために磨き上げられていますからね。加えて、地方はマイカー通勤が多いため、歩く機会が極端に少ない。
藤野 そうです。歩かないことが肥満やうつ傾向といったヘルスケアのリスクを高めることはよく知られています。そこでこのメーカーでは地方の工場勤務の従業員にウォーキングを推進し、歩かせる施策を行いました。結果、社員のパフォーマンスがあがり、業績があったんです。KPIを探るのに歩数データを元にするのも良いと考えます。
野並 おもしろい。歩くという単純な動作が生産性に繋がるとは発見です。弊社でも狭い店舗のスタッフや料理人の歩数や消費カロリーを調べてみたいと思いました。けっこう体力仕事の料理人のほうが味見のため摂取カロリーが高くなりすぎているかもしれません。
藤野 それはいいですね。ぜひ実施してほしい(笑)。歩数はわかりやすく、どの企業も取り入れやすく、データ化しやすいのでやってみる価値はあると思います。
野並 従業員の健康を何らかの形で可視化できれば、健康経営への道筋が見えてきて、アップデートすべき課題が表出しそうですね。
藤野 人も企業も、放っておくと世の中とズレてきます。気合いと根性で乗り切る経営から、データと健康経営で邁進する経営へのシフトは、まさに企業が老化しないために必須です。
野並 なるほど。本日はありがとうございました。
<プロフィール>
レオス・キャピタルワークス
代表取締役会長兼社長
藤野 英人
1966年富山県生まれ。早稲田大学法学部卒。野村系、ゴールドマン・サックス系など内外の大手資産運用企業でファンドマネージャーを務めたのち、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。『投資家みたいに生きろ』など著書多数。
公益社団法人日本青年会議所
会頭(代表理事)
野並 晃
1981年横浜生まれ。慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了。2004年にキリンビール株式会社入社。07年株式会社崎陽軒入社。現在は崎陽軒の専務取締役を務める。2021年度の公益社団法人日本青年会議所会頭(第70代)に就任。
※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。