【健康社長 特別対談/前編】健康経営®による企業のベネフィット 日本青年会議所会頭・野並晃氏×レオス・キャピタルワークス 藤野英人氏
「“健康経営”に踏み出すか否か。それはその企業の姿勢をあぶり出すことになる――」
ひふみ投信で知られるレオス・キャピタルワークスの創業者で、「健康経営銘柄」選定のワーキンググループのメンバーでもある藤野英人さん(写真右)はそう予言します。
健康経営は何をあぶりだすのか?
企業が健康経営に踏み出すべき理由とそのベネフィット、踏み出さない時のリスクとは?
3万人超におよぶ若手経営者や事業承継者が集まる日本青年会議所(以下、JC)の会頭で、シウマイ弁当で親しまれる崎陽軒専務、野並晃氏(写真左)と藤野氏との対談の前編をお届けします。
最初は「いかがわしい」と思った健康経営
野並 投資家でレオス・キャピタルワークスの創業者でもある藤野さんが「健康経営」に関わるようになったのはいつからですか?
藤野 2014年頃ですね。きっかけは経済産業省からのお声がけ。健康経営に優れた企業を経産省が選定し、発表する「健康経営銘柄」のワーキンググループに誘われ、参画したことです。最初は「いかがわしいな」と感じましたが(笑)。
野並 いかがわしいとは(笑)。
藤野 言葉がね。「健康」も「経営」も聞き慣れた言葉なのに、「健康経営」になった途端、あやしく響いた。でも結果的にあやしかったのは言葉だけで、引き受けました。従業員やお客さまを含め、企業経営に関わる人が健康であることは、日本全体の生産性の向上と質をあげると判断したからです。
野並 健康経営が日本をよくする?
藤野 はい。健康経営に関わるキーワードに「アブセンティーズム」と「プレゼンティーズム」があります。
アブセンティーズムは、アブセント=欠席からきている言葉で、心身の不調で欠勤した状態を指す。プレゼンティーズムは、心身は不調だけれど出勤(プレゼント)している状態のことをいう。
野並 出勤はしているけれどプレゼンティーズムの状態では、仕事のパフォーマンスは落ちますね。
藤野 健康経営でフォーカスするのは、出社しながらも心身が不調である「プレゼンティーズム」。この企業課題に向き合うのが健康経営です。従業員の健康は、仕事のパフォーマンスに直結し、企業の業績に繋がります。健康経営は、企業経営の「課題解決の手段」でもあり「目的」でもあるのです。
野並 それは、どういうことでしょうか?
レオス・キャピタルワークスの藤野英人氏
藤野 そもそも人が健康であり続けることは、人生の目的でもあります。企業の業績をあげるために、職場環境を整えると、結果として従業員が健康になる。それは業績をあげる「手段」ですが、個人が幸せな人生を送る「目的」を果たすことにもなります。いずれにしても、経済が活性化し、従業員が健康で人生の目的を果たせれば、日本という国のパフォーマンスがあがる。投資家視点でも、チャレンジする価値はあると考えました。
「ブラック企業」のリトマス試験紙
野並 藤野さんも最初は「あやしい言葉」と感じた健康経営でしたが、今は一般的になってきましたね。
藤野 ワーキンググループに入ってからこの5年で劇的な変化がありました。当初「健康経営でコミットすべきは誰か?」とアンケートを行ったところ「経営トップ」と答えた企業は5%ほどでしたが、2019年頃から「経営トップがコミットすべき」と回答する企業が80%を超えるようになりました。
野並 ほお。それは大違いですね。2015年から公表されている「健康経営銘柄」の功績もありそうですね。2020年からは健康経営に取り組む優れた企業を可視化する「健康経営優良法人」認定制度もスタートしていますし。
藤野 そうですね。同時に、企業に対する世の中の目が変わったことも大きいです。例えば、「ブラック企業」問題。アベノミクスで「働き方改革」が推進される一方で、過重労働によるメンタルの不調から過労死に至る課題がクローズアップされ、企業のリクルーティングに影響が出ました。野並さん、「オヤカク」という言葉をご存知ですか?
野並 オヤカク、ですか?
藤野 「親(オヤ)」への「確(カク)認」の略で、企業が学生を採用する前に、親の反対によって内定を辞退することを防ぐために、その学生の親の意思を確認しておくという意味です。今の20代の親世代は、お子さんたちをとても大切にしています。その大切な子をブラック企業で働かせたいと考える親はいません。そこで就職活動の際に親御さんが、その企業がブラックかホワイトかを確認して、入社を判断することが一般的になってきました。給与や知名度より、過度のストレスがかからずに健やかに働ける職場環境が強く求められるようになったわけです。
野並 確かに、いち企業人として実感します。健康経営はブラック企業か否かのリトマス試験紙になりそうですね。健康経営優良法人の認定制度の上位500社を『ホワイト500』と銘打たれたのは象徴的で、名付けも実にうまい。
日本青年会議所会頭の野並晃氏
藤野 直接的なネーミングにしました(笑)。ホワイトとついた企業がブラックな経営をするとは考えられない。それをインセンティブとして就職を希望する人材が増えるのは健康経営を広めていくうえでは健全な形だと考えました。いずれにしても、ブラック企業の顕在化は、健康経営の重要度を高める大きなきっかけにはなりましたね。
野並 SDGsが一般化したことも影響があったのでは?
藤野 大きいですね。SDGsの価値観やESG投資(注1)が普及して、売上、利益だけを負うのではなく、社会への貢献も重視された。健康経営は同じ文脈にあり、潮目が変わりました。
注1)ESG投資:従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと
野並 共感するし、責任も感じます。我々、JCは20歳~40歳までの若手の経営層が多い。日本の経済、社会構造が変化している昨今、これまでの体育会系のような組織から変わらなくてはいけない、その責務があると感じています。
日本経済をよりよくするため、個人のウェルビーイングを実現するために健康経営ははずせない概念。これまでのやり方を振り返り、変革するきっかけをいただいているなあと。
藤野 今後、健康経営を実践する企業としない企業に大きな差が生まれるはずです。健康経営を実践しない企業は、そのネガティブな経営姿勢が世間にあぶり出されることになりますからね。
「健康経営する企業=投資したい企業」なワケ
野並 「あぶり出されるもの」とは?
藤野 企業が将来伸びるか否かという、未来の姿です。投資家としての私が「こういう企業ならばぜひ投資をしたい」と感じる3つの要件があります。「お客さま第一である」、「長期的視点がある」、「データを見て経営している」です。
野並 興味深いですね。
藤野 お客さま第一ではなく、自分都合の経営は企業成長を必ず鈍化させます。不誠実な姿は必ずお客さまにそっぽを向かれます。また10年、20年先を見据えた長期的視点の戦略は、持続的な成長には必要です。最後に、カンと根性だけで事業をすすめるのはリスクが高い。数字などのデータ分析から現実を把握し、未来を予測していくことが大切です。
野並 おっしゃるとおりです。ただ、この3つが健康経営とどう関連するのでしょう?
藤野 3つの要件をやり抜かないと実践できないのが、健康経営なんです。お客さま第一を貫くには、その担い手となる従業員が健康であることが不可欠。社員の健康状態は短期的ではなく長期的にみていかなくてはいけない。長期的に社員の健康を把握するには、データを見ることとイコールです。
野並 非常に腑に落ちます。JCに所属している我々は、これから10年、20年と長い目で経営をみる必要があります。持続可能な企業経営のために将来への投資として、健康経営があると言えそうです。
藤野 健康経営の取り組みをコストと考えるか投資と考えるか。私は「投資」だと捉えています。健康的で生産性の高い社員が増えれば、その分、質が高い社員採用がさらに増えるというリクルートマネジメントになる。ユーザーからの信頼やイメージアップにもなるし、投融資も受けやすくなる。
野並 あらゆる企業価値を高めるのが健康経営ですね。踏み出さないことは未来に背を向けることと同じに思えます。
<プロフィール>
レオス・キャピタルワークス
代表取締役会長兼社長
藤野 英人
1966年富山県生まれ。早稲田大学法学部卒。野村系、ゴールドマン・サックス系など内外の大手資産運用企業でファンドマネージャーを務めたのち、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。『投資家みたいに生きろ』など著書多数
公益社団法人日本青年会議所
会頭(代表理事)
野並 晃
1981年横浜生まれ。慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了。2004年にキリンビール株式会社入社。07年株式会社崎陽軒入社。現在は崎陽軒の専務取締役を務める。2021年度の公益社団法人日本青年会議所会頭(第70代)に就任
※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。