見出し画像

【連載第2回】「聴く力」で職場内の信頼関係を築く

健康経営を進めるうえで欠かせない取り組みのひとつが「職場のメンタルヘルス対策」です。ストレス要因が多い現代、メンタルヘルスケアは私たちの必須スキルと言っても過言ではありません。
また、組織においては、不調の早期発見・早期治療だけでなく、従業員がストレスを抱え込まず健康にイキイキと働ける環境を整える対策が非常に大切です。とはいえ、いったい何から始めればいいのかお悩みの方も少なくないでしょう。

この連載では、公認心理師として多くの企業でメンタルヘルス対策のサポートをしている株式会社ハピネスワーキングの船見先生に、メンタルヘルス向上の具体策をご紹介していただきます。
今回も前回に続き、「コミュニケーションの促進に向けた取り組み」のヒントをお届けします。最近、脚光を浴びている「聴く力」は、コミュニケーションの柱とも言えるスキル。職場内コミュニケーションにおいてもとても重要です。





コミュニケーションの量が減っているなら、質を高めよう

コロナ禍が長引く中、多くの企業が危機感を抱いているのが従業員間のコミュニケーション不足。テレワークの機会が増え、顔を合わせる頻度が激減した。談笑しながらランチを取れなくなった。チャットやメールなど文章でのやりとりが中心になった。気軽に相談できない……。コロナ前のようなコミュニケーションが取れず、生産性やメンタルヘルスの低下を実感している組織は少なくありません。
テレワークがある程度定着し、働き方も多様になってきました。この先、さらに自由に働き方が選べる時代になっていくことも考えられます。すると、これまで以上に、ベテランも若手もコミュニケーションの機会を失い続けます。業務上のやりとりも情緒的な関りも不十分になり、ますます職場は危機的な状況に陥る可能性もあります。
だからこそ今、私たちが真剣に考えるべきは、コミュニケーションの質を高めること。会う機会、話す機会が減る=量が減っているのですから、質を高めていく必要があります。

連載第1回目では、互いの存在を認め合う「あいさつ」を意識して丁寧に行うことが大事だとお伝えしました。次に意識したいのは、相手が何を伝えようとしているのかをしっかり理解し、信頼関係を深める「聴く力」を磨くことです。
「聴く」とは、相手のことばの表面上の意味をただただ「聞く」ことではありません。何を言わんとしているかをなるべく正確に理解し、感情や価値観を受け止める行為です。受け身ではなく、能動的に相手と関わっていく行為です。
人は誰しも、自分を理解してほしい、認めてほしいという本能的な欲求を持っています。自分の話をしっかり聴いてもらえると、その欲求が満たされます。そして、その相手に心を開き、信頼を寄せます。
信頼関係を築くためには「聴く力」が欠かせないということになります。

相手の言葉をそのままそっくり伝え返す

 
「聴く力」を高めるために意識して使っていただきたいのが、「伝え返し」のスキルです。一般的には「おうむ返し」などと表現されるもので、相手のことばをそのままそっくり伝え返すスキルです。
 
例えば、「このレポートを10部コピーして」と頼まれたら、「このレポートを10部コピーするのですね」と返します。オウムのように、そのままそっくり伝え返すのです。文脈の中のキーワード=重要なワードを伝え返すよう意識するのがポイントです。

「伝え返し」にはたくさんの効能があります。
まずは、事実確認。キーワードを伝え返すことで、何があったのか、何を考えたのかなどを互いの中で共有することができ、ミス・誤解の防止につながります。
次に、嬉しい、楽しい、悲しいなどの感情表現を伝え返すと、共感になります。さらに、語尾を上げながらキーワードを伝え返すと、「それについてもう少し詳しく教えてください」という質問にもなります。
実にさまざまな効果があり、ビジネスには欠かせないスキルなのですが、「伝え返し」を使えている人はごくごく少数です。カンタンで効果絶大なのに、もったいない!と感じます。

人間関係におけるトラブルの原因は、価値観の相違です。
ピーター・ドラッカーは、「同じ事実を違ったように見ていることを知ること自体がコミュニケーションである」と述べています。
職場は、多様な価値観の集合体。それぞれが、同じことを違った目線で見て解釈しています。互いの解釈を知ることがコミュニケーションであり、それを知るために相手の思いや考えを「聴く」ことが、良質なコミュニケーションには欠かせません。
ていねいに「伝え返し」をすることは、相手の思いや考えを確認し、理解し、受け止めることに非常に役立ちます。
「相手の話を聴きましょう」というメッセージは、漠然としていて実践しにくいですが、「相手が言ったことばを伝え返してみましょう」というメッセージなら、できる人は多いと思います。職場内で「伝え返し運動」などを展開するのもいい方法かもしれませんね。




【プロフィール】



船見敏子(ふなみ・としこ)

株式会社ハピネスワーキング代表取締役。
公認心理師、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。
雑誌編集者を経て現職。産業分野を中心に、組織コンサルテーション、カウンセリング、研修などを実施し、職場のメンタルヘルス向上のサポートをしている。これまでに約1000社、10万人のメンタルケアに携わってきた。著書に『言い返せない人の聴き方・伝え方』(日本能率協会マネジメントセンター)、『幸せなチームのリーダーがしていること』(方丈社)など。